<不快が不快である> 限り、それは良識や常識の範疇であるが、
不快が不快でなくなり、あまつさえ、不快が快感となるに到っては、
もはや、思想の意味、思想の限界を越えている。
この論考の背景には、一人のピン芸人の存在がある。
「鳥居みゆき」 である。 *
* http://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0008143/
彼女の存在を知ったのはごく最近のことで、
ネットTV が最初だったのだが、
その出会いはかなり衝撃的であり強烈だった。
その風体は、どこか狂信的なカルト教団の信者か、
サナトリウムの患者を思わせ、
宙を舞う濃いアイラインの目元と共に、
時代の 「狂気」 を彷彿とさせるのである。
しかしこれにハマると、もう脱け出せない。
コミュニケーションなんてもんじゃない、
一事が万事、鳥居ワールド全開である。
* * *