<不快が不快である> 限り、それは良識の範囲内であるが、

   不快が不快でなくなり、あまつさえ、不快が快感となるに到っては、

   もはや、思想の意味、思想の枠を越えている。


   
   此処ではすでに、思想の限界、或は、土壇場の思想が語られる。

   思想の断絶、断絶の想念である。


   しかし、これは思想的なシミュレーションではない。

   むしろ、積極的な意味での思想のクラッシュであり、

   究極的な意味での自己保全機能 (シャットダウン) である。


   不快の継続的持続、或は、その極限 (限界) を思うとき、

   そこには良識の限界を越えた 「断絶」、もしくは 「逸脱」 の匂いが立ち籠める。


   こける、すべる、堕ちる、ひっくり返る ・ ・ ・ 、

   これらは皆、逸脱と断絶の系譜であり、脱因果論的な笑いと恐怖の殿堂である。