<元の木阿弥>

   
   それにしても、誤解を受けやすい文章になったね。
   
   まるで、悪人正機の説 (親鸞) のようだ。


   元より語弊や誤解は覚悟の上とは言え、

   そもそも 「現にそうである自分」、 「現にそうである現実」 が、
  
   問題の発端 (躓きの石) ではなかったのか。
 
   「こんなことではダメだ」 とか、「こんな自分じゃダメだ」 とか。



   「これじゃ、元の木阿弥じゃないか」

   
   「振り出しに戻っただけじゃん」 と、

   
   文句を言われそうだね。



             *             *             *



   それにしても、俺たちはいったい何を前提 (根拠) にして、

   「良い」 とか 「悪い」 とか、

   「好きだ」 とか 「嫌いだ」 とか、言ってるのだろう。


   まさか <無前提だ!> とは言うまい、よね。