<年寄りの冷や水>
醜悪であろうが厄介であろうが、
現にそのような自分が認知できれば、
別段、何も問題はない。
現にそのようである自分が認知できないことが問題なのだ。
何故なら、愚かで醜悪で厄介な自分だと認知できるのなら
そのような愚かなことは止めるだろうし、
たとえ止められなくとも、そんな自分だと了解し納得するだろうから。
これは、「居直り」 (開き直り) ではない。
むしろ、正当で正確な 「自己認知」 (正受) と言うべきだろう。
此処に、「認知症」 と呼ばれる自己認知できない潜在的予備軍が
大量に輩出され、徘徊し始めるのである。
ただし、これが単に 「認知症」 だけに留まらないのが、
恐ろしいと言うか、厄介なのである。