以前にも見られた現象だが、このところ言葉が定着しない。
さらさらと流れるばかりで、心象や意相とのリンクが成立しない。
自我的な、その意味では 「局面的な自己」 への自己同一性の回避、
もしくは、断念と言うのだろうか、それへの強い動機付けがないために、
局面的な場の情況が悉くスルーされパスされている。
すこし、ひっぱりすぎたようだ。
食品偽装問題ではないが、賞味期限はとうに過ぎている。
水増ししたり底上げしたところで、中身が変わったわけでも
特別によくなったわけでもない。
無関心を装っているのではない。
また、無関心を決め込んでいるのでもない。
むしろ、それへの強い動機付け (執着) がなくなっている。
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