舞い上がる思惟、高止まりする思想。
存在の地平を越えて、遊離するイデーの国へ ・ ・ ・
―――― 或る会話から
思惟する者、思索する者の側から言えば、
曾っては、そこで思惟され思考されたものをどう難しく表現するか、
言わば、そのステージやステータスをどう高く維持し表現するかに、
最大の関心事があったわけです。
( 言わば、自分をよく見せるためにね。)
しかし現代では、そのように思惟され思考されたものを
どう平易に読み解き、どう簡潔に表現するかが問われているわけです。
言い換えれば、
高止まりした思惟や思想と、どのようにリンクさせフィットさせるかよりも、
この平凡な日常性をどう平易に読み解き定着させるかが鍵となっているのです。
ですから、此処ではすでに理論的であったり理性的であることよりも、
常に現実的であり実践的な具体性が優先され要求されるのです。