リンクとリングを別の言葉に置き換えれば、「自由」 と 「自存」、
あるいは、「自由」 と 「自在」 と言うことになるだろうか。
たとえば、<自由にリンクし、自在にリングする> と言った具合に。
あるいは、こうも言えるかも知れない。
それは、<自在にリンクし、自由にリングする> とも。
そして、これを自由自在に行っている主体が、
<今此処に在って了々と自明な自己>
と、呼ばれる人であり、あなたであり、わたしである。
このとき、従来する自己相対的な身心の矛盾、
あるいは、自己と世界との分裂、葛藤は、
尚、担保されつつ留保され、それを回避しつつ凌駕する人として、
真箇、無矛盾な 「身心一如」 「自他不二」 な人として、
今此処に、観世音で観自在な ≪観自在菩薩≫ となっている。