<自閉系と開放系>


   「信仰形態」 (つなぎ止められた心の形態) から 「愛の形態」 (開放された心の形態) へ


   これは、信仰形態から愛の形態へと平行移動的にパラフレーズされるのでもなければ、

   今はやりのパラダイムシフトでもない。

   ( 強いていえば、「脱・パラダイム」 「脱・モード」 か )


   この二つの形態の間には、依然として ≪断絶≫ (不連続) が介在している。


   つなぎ止められた心の軌跡は、主客的で自己相対的な <因果律の形態>、

   つまり、思惟形態であり、持続形態であり、業の因果であるのに対して、

   
   ( じつは、「~に対して」 という相対的な言い方にも問題があるのだが、

   同様に、「~の間に」 「~から~へ」 という修辞法にも ・ ・ ・ )

   
   愛の軌跡は、脱・因果律的で因縁的な、主客一如な <当為の形態>

   ―――― 知行合一し照用同時する、時切り場切りな行為形態だから。



          *          *          *



   ・ ・ ・ うまく言葉に乗らない非力ともどかしさを感じる。


   
   まあ、あえて言えば、

   くしゃみいっぺん、あくびにへん、おならさんべん ・ ・ ・

   と、言ったところか。