たとえば、歯車に例えれば、現実とぴったり噛み合い
現実に張り付いた一個の歯車としてではなく、
むしろ、現実との間になめらかな <スベリ> を持った、
滑車や独楽 (こま) のようなものとして、
できれば、独立自在な単独する独楽のような存在として、
それ自体の必要性を生きられないだろうかということである。
現実を無視するのでもなく、拒否するのでもなく、
むしろ、つねに現実の中に在って、場の必要性と状況に応じて、
ある時は、きっちりと因果律的に対応し、
またある時は、脱因果律的、因縁的に独り楽しむと言った、
きわめて独自性の強い <不昧因果> にして <不落因果> な
処世と方便といえる。*
* 『無門関』 第二則 「百丈野狐」 参照