目前に横たわる現象や事態が、ときに不思議な光景となって
わたしの目に飛び込んでくることがある。
それは往々にして、場の 「突出」 であったり、
ときには、「励起」 や 「膨張」 や 「勃起」 として、
さまざまに、ゆらぎ、戯れ、相転移するプロミネンスのように、
一つの明らかな運動形態として、言わば、踊り戯れる光景として、
この目に飛び込んでくるのである。
幻覚だろう、と言われればそれまでだが、
この光景は、<生成> と呼ばれるにふさわしく、
「三点流水の如く曲るは禾を刈る鎌の如し」 (慧忠国師)
とも言われるように、
あたかも、三点、穂を刈る鎌に似て、
三日月のごとき素早さと冷徹さを見せて、
一瞬の内に、その出没と光芒を終えるのである。