俺と女房


   几帳面とズボラ、神経質とのんき眼鏡が、

   一緒になったようなものである。

   (どちらがどちらであるかは、あなたに任せる)


   あちらを立てればこちらが立たず、

   あちらに過ぎれば、こちらに足りない。

   
   体裁よく言えば、お互い足らざるをおぎない合う

   善き夫婦であり、

   有態に言えば、帯に短し襷に長しの

   ニッチもサッチもいかない毎日である。

   (割を食うのは、いつも几帳面の方である)

 
   毎日、見たいテレビを見たいだけみて、

   風呂に入って、さっさとお休みになる。


   家の戸締りは、あっちこっち開いたままである。

   わたしは、ガスの元栓を閉め、ボイラーの種火を消して、

   丹念に一つ一つ、鍵を掛けながら、

   いつもそうしている自分の不確かな意味を問う。


   <俺は、いったい何者なのだ> ・ ・ ・ と


   あまり具体的に言うと角が立つので、

   これ以上は控えているが、

   要するに、<反・傾向性> を持った二人だと言うことであり、

   お前右向きゃわたしゃ左向く、といった塩梅で、

   その傾向は、年降るごとに強固となり堅固なものとなり始めている。


   これが ≪天の配剤≫ と言うのなら、

   この天の配剤は、じつに奇妙な天の配剤で、

   何とも言いようのない ≪すぐれもの≫ だと言える。


   
   ――― 言うほどじゃありませんので、

   お気遣いなく、へへへ・・・。