活祖意と言うのは、現今了々と自明な自己のことであり、

   今此処に活々と生きて働く生命の知恵のことであり、

   場の叡智であり、無生の法 (不生の仏心) である。


   また、この生命の知恵は、絶対不可逆的生成力であり、

   相対場に於いて、同調や干渉と言う可逆的営為となる。


   したがって、この生成力の方向性 (ベクトル) を見誤ると、

   絶対不可逆的生成力と可逆的営為との絶対矛盾に晒され、

   それこそ、

   ニッチもサッチも行かない絶対矛盾的自己同一に囚われ、

   人間の根源的苦悩 (矛盾/葛藤/分裂) に巻き込まれる。


   このとき、

   人間的な、その意味では人為的な可逆的営為から見れば、

   絶対不可逆的生成 (超個) と人為的営為 (個) とは、

   場所的な <断絶> (不連続) を示しており、

   絶対不可逆的生成力の方向 (立場) からのみ、

   絶対無矛盾な <持続> (連続) を開示している。


   このような事態性を、

   ≪倒に仏殿に騎って山門を出ず≫ と言う。