――― 鏡開き (鏡割り) の日に寄せて      

   
   どこにも気負いのない、力みの無い作品と言えば、

   すぐにも舟越桂の初期の作品を思い出す。


   なかでも、『言葉と森の間に立って』 や 『言葉の降る森』、

   あるいは、『言葉が降りてくる』 と言った一連の作品には、

   言葉と森 (リアル) の間に立つ彼の立場がよく現れているし、

   『静かな鏡』 と 『澄み渡る距離』 の間には、

   彼の思想やイメージが色濃く反映されている。


   それにしても、

   この近代知識人の <うつろな目線> はどうしたものだろう。

   内省でもなく、凝視でもない、非感情で無国籍な、

   性差すら感じさせない姿体と目線を追うとき、

   ここにも、我々の置かれている立場の危うさが、

   <鏡面のような心> となって映し出されている。


   ここには、今ひとつの立場、

   脱・イメージと言う、<破鏡の事態性> が

   あっても良いように思う。

   
   但し、作品 (アート) になるかどうかは別にして ・ ・ ・



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