俺たちは、いつもいつも <俺は俺だ>、
或は、<わたしはわたしだ> と、
自分自身を意識して生きている訳ではない。
もしそうだと言うなら、
この人は <私と言う重荷を背負う厄介な人> として、
あるいは、自己撞着的な <自意識過剰の人> として、
わたくしと言う増長と負い目を、終生背負い続け、
実に、苦悩と迷妄に充ちた <困難な道> を歩んでいる。
≪ 私が私であるとき、此処にはすでに 「私はない」。≫
すなわち、わたしはわたしである事を忘れている。
これが、本来の自己であり、自己本来の面目である。