どうでも良いけど、

    <俺って一体、俺なワケ?>

   
   でなけりゃ、<一体、誰なワケ?>



          *          *          *



   ここでは、八百屋は八百屋であり、魚屋は魚屋である。

   八百屋は八百屋であって、魚屋ではなく肉屋でもない。

   
   また、八百屋は魚屋をねたむことはなく、

   魚屋も八百屋をうらやむことがない。

 
   漁師は百姓の天分を思わず、

   百姓も漁師の天分を疑わない。

   
   この天分の比に差異はない。

   せいぜい、応分の機 (はたらき) があるばかり。


   したがって、

   天分は、<分相応> などと言ったシケタモノではない。

   それはむしろ、限定されることのない応分のはたらきであり、

   何よりも、天与の才であり、天恵の能 (人の使命/役割り) である。