――― 「事の真相」 が、随分と脱線してしまった。

   「事のついで」 と言うには、重すぎるし、

   現実 (現象的事態) と言うには、余りにも神々し過ぎる。


 

   ≪祈り≫


   光の海 ・ ・ ・

   此処には、いまだ神々しいまでの畏敬と尊崇の念があります。

   それを、単に人為的な 「聖意」 と呼んで破棄するには、

   何とも畏れ多いと言うか、罰当たりな気さえするのです。


   自然の持つ独立不羈な奔放さと偉大さのなかに在って、

   とてつもなく無尽蔵でダイナミックな生成力を前にして、

   私もまた、この偉大な生成の海に連なる者の一人として、

   少なくとも、ともに許され生かされてあるのだと、

   「事の真相」 の重大さに気付くとともに、

   返って、自らの罪深さ、うしろめたさに涙するのです。 *


    * 『臨済録』 行録 「臨済破夏の因縁」 参照



             *             *             *