≪是れ我か、また我に非ざるか≫


   辻晋堂は、正法眼蔵の研究者であり学者でもあった

   岸沢惟安老師 (1865~1955) に私淑し、

   師と仰ぐ曹洞宗の禅僧であった。

  
   若い頃から仏教に傾倒し、結婚後、二十八歳で得度 (出家)、

   名を 「晋堂」 と改めている。


   いわゆる、僧にあらず俗にもあらずの、

   非僧非俗の 「彫刻家」 だったようである。


   
   さて、身の上話はこれくらいにして、

   
   ≪是れ我か、また我に非ざるか≫

   
   ――― ≪渠 (かれ) 今正に是れ我、我今是れ渠にあらず≫

         ( 渠のとき是れ我、我のとき是れ渠に在らず。)


   
   ・・・ と、言えども、

   依然、我と渠との ≪絶対矛盾的自己同一≫ には違いない。

   
   この、西田流の 「公案」 を何と解くか、

   ここで、キータームとなりキーワードとなるのが、

   ≪是れ≫ (名無きもの/言葉に有らざるもの) である。

   
   
   いまだ、≪渠にも在らず我にも在らざるとき如何≫

   
   ≪是れ≫、 我かまた我に非ざるか、・・・ と。



   Archives 2006 書庫 「とわずがたり」 参照
   http://blogs.yahoo.co.jp/kyouoyaji/14823140.html