≪渠 (かれ) 今正に是れ我、我今是れ渠にあらず≫ *

    * 渠 : 真実の自己/自己本来の面目


            (『景徳伝灯録』 巻十五、洞山良价章)



   
   ――― ついでに言えば、

   <人の道が、菩薩の道だ> とは、言ってない。

   
   人の道が、すでに 「菩薩の道」 であるなら、

   この人は、すでに 「菩薩」 である。

   
   つまり、<逆も又、真> であるなら、

   行きと帰りの運賃は同額で、人と菩薩は同期する、

   と、言う訳だ。


   人のことは分らない。 

   (人、それぞれだから・・・)

   
   だから、此処では、

   いまだ ≪菩薩の道は、人の道である≫ としか、

   言えないのである。