書庫: 龍のすみか 所収
≪如来の方便≫
今仮に、これを雲門の側から言えば、「対一説」 も 「倒一説」 も、
すべて 「脱落の方便」 であり、「解脱の機縁」 である。 *
* 機縁 (或は 「機根」) の違いに応じた自由自在な方便
或る時は、
≪問処、是れ在り≫ と脱落せしめ、 (対一説/建立門)
また、或る時は、
≪問処、是れなし≫ と脱落せしめるのだから。 (倒一説/掃蕩門)
あえて言えば、
雲門は、有無を超えた処から <有無を用いる> のに対して、
問者の側から言えば、未だ有無にこだわり固執するがゆえに
有無の自由自在な機用 (方便) に振り回され、
<有無に渡れば喪身失命避けられず> となって、
いや応の無い 「脱落の機縁」 に晒される。 **
** 『無門関』 四十三 「首山竹箆」、同四十四 「芭蕉拄杖」 等 参照
このようにして、「出入り」 とも言うべき 「入自と出自」 とを
繰り返すことによって <入我我入の法> に修練し熟達して、
言うところの 「助縁者」、或は、 「機縁者」 となって、
今此処に、≪法を用いる人≫ と成るのである。
≪如来の方便≫
今仮に、これを雲門の側から言えば、「対一説」 も 「倒一説」 も、
すべて 「脱落の方便」 であり、「解脱の機縁」 である。 *
* 機縁 (或は 「機根」) の違いに応じた自由自在な方便
或る時は、
≪問処、是れ在り≫ と脱落せしめ、 (対一説/建立門)
また、或る時は、
≪問処、是れなし≫ と脱落せしめるのだから。 (倒一説/掃蕩門)
あえて言えば、
雲門は、有無を超えた処から <有無を用いる> のに対して、
問者の側から言えば、未だ有無にこだわり固執するがゆえに
有無の自由自在な機用 (方便) に振り回され、
<有無に渡れば喪身失命避けられず> となって、
いや応の無い 「脱落の機縁」 に晒される。 **
** 『無門関』 四十三 「首山竹箆」、同四十四 「芭蕉拄杖」 等 参照
このようにして、「出入り」 とも言うべき 「入自と出自」 とを
繰り返すことによって <入我我入の法> に修練し熟達して、
言うところの 「助縁者」、或は、 「機縁者」 となって、
今此処に、≪法を用いる人≫ と成るのである。