書庫: 龍のすみか 所収
≪従来不失 何ぞ追尋を用いん≫
皮肉なんてものじゃない、換骨奪胎の根こそぎである。
牛を尋ねる旅路の劈頭を飾るに相応しいのかどうかは知らないが、
いきなりの ≪従来不失 何用追尋≫ である。
ズバリ答えを提示して、その了解 (解脱) を求めるのである。
禅のやり口であり、単刀直入 (一超直入如来地) である。
いきなり、此処で尋牛 (追尋) が終わるのである。
後は、せいぜい、
<用いんと要せば便ち用いよ、更に遅疑すること莫れ> (臨済)
くらいなものである。
以下、同様に蛇足とも言える理由が述べてある。
順逆観する人間の苦悩であり、迷妄である。
背覚に由って疎遠となり、向塵に追って見失うのである。
進むときは <理に迷い>、
退くときは <宗に背く>
と、言われる通りである。
さらに念押しして、
進まず退かざるは、只に <有気の死人>
と、ダメ押しするのである。
( 無門関 「禅箴」 より )
≪従来不失 何ぞ追尋を用いん≫
皮肉なんてものじゃない、換骨奪胎の根こそぎである。
牛を尋ねる旅路の劈頭を飾るに相応しいのかどうかは知らないが、
いきなりの ≪従来不失 何用追尋≫ である。
ズバリ答えを提示して、その了解 (解脱) を求めるのである。
禅のやり口であり、単刀直入 (一超直入如来地) である。
いきなり、此処で尋牛 (追尋) が終わるのである。
後は、せいぜい、
<用いんと要せば便ち用いよ、更に遅疑すること莫れ> (臨済)
くらいなものである。
以下、同様に蛇足とも言える理由が述べてある。
順逆観する人間の苦悩であり、迷妄である。
背覚に由って疎遠となり、向塵に追って見失うのである。
進むときは <理に迷い>、
退くときは <宗に背く>
と、言われる通りである。
さらに念押しして、
進まず退かざるは、只に <有気の死人>
と、ダメ押しするのである。
( 無門関 「禅箴」 より )