書庫: 夏休み中の寸言居士 所収
蝉しぐれの中にいて、或る不思議な事態に気付きます。
それは、私が時空的な差異 (ズレ) の中に生きていると言う感覚です。
持続的意識の中に、微妙な断絶と消滅 (死) を経験するのです。
ここでは、生成と消滅 (生と死) とが同一事態性として生起しており、
その間の微妙な差異が、言わば時空的な差延化の現象として、
私の認識 (共鳴) へと連動しているのです。
つまり、私は蝉しぐれの中に立ちながら、
移ろい行く現象的事態と認識とのズレを感じながら、
この文章を書いているのです。 <彼岸の岸辺>
* * *
現象的事態と認識の間には、微妙な時間的ズレが見られる。
( 認識は、もはやリアルタイムではない。 )
・・・ 今ようやく、朝の大合唱が終わりました。
蝉しぐれの中にいて、或る不思議な事態に気付きます。
それは、私が時空的な差異 (ズレ) の中に生きていると言う感覚です。
持続的意識の中に、微妙な断絶と消滅 (死) を経験するのです。
ここでは、生成と消滅 (生と死) とが同一事態性として生起しており、
その間の微妙な差異が、言わば時空的な差延化の現象として、
私の認識 (共鳴) へと連動しているのです。
つまり、私は蝉しぐれの中に立ちながら、
移ろい行く現象的事態と認識とのズレを感じながら、
この文章を書いているのです。 <彼岸の岸辺>
* * *
現象的事態と認識の間には、微妙な時間的ズレが見られる。
( 認識は、もはやリアルタイムではない。 )
・・・ 今ようやく、朝の大合唱が終わりました。