書庫: 龍のすみ か 所収
ずっと以前に、
ナバホ・インディアンが、まだアメリカの荒野を駆け回っていた頃、
部族では、自我の芽生えた若者を抹殺したと聞いたことがある。
( 又聞きなので、真偽のほどは定かではありません。
興味のある方は、各自でお調べ願います。)
それは、部族の統率を乱すと言う表向きの理由の他に、
戦闘時に恐怖の念を起して尻込みすると言うのが、
本当の理由だったようである。
<死を恐れる> と言うことが、或は、<生を抱える> と言うことが、
( つまり、生死的な相反し相克するコンプレックスを抱える
と言うことが、)
自我の芽生えと関係がある、と彼らは既に知っていたのである。
このような事態は、群れの論理や規制が後退したとは言え、
現代に於いても、個の論理と群れの論理の軋轢や葛藤として、
我々の時代状況 (情況) を恐ろしい程に言い当てている。
ずっと以前に、
ナバホ・インディアンが、まだアメリカの荒野を駆け回っていた頃、
部族では、自我の芽生えた若者を抹殺したと聞いたことがある。
( 又聞きなので、真偽のほどは定かではありません。
興味のある方は、各自でお調べ願います。)
それは、部族の統率を乱すと言う表向きの理由の他に、
戦闘時に恐怖の念を起して尻込みすると言うのが、
本当の理由だったようである。
<死を恐れる> と言うことが、或は、<生を抱える> と言うことが、
( つまり、生死的な相反し相克するコンプレックスを抱える
と言うことが、)
自我の芽生えと関係がある、と彼らは既に知っていたのである。
このような事態は、群れの論理や規制が後退したとは言え、
現代に於いても、個の論理と群れの論理の軋轢や葛藤として、
我々の時代状況 (情況) を恐ろしい程に言い当てている。