書庫: 龍のすみか 所収
   


   ≪火中生蓮華≫


   場の叡智と呼ばれる、観音の知恵と力 (妙智力) に依る

   場の働きを、まだ自分のもの (手柄/所得) にしようとする

   セコイ私がいる。


   このように、事あるごとに顔を覗かせる私は、

   仲々にしぶとい習熟化され習慣化された私 (業性) であり、

   「我執」 とも 「著有」 (執有) とも呼ばれる

   ≪場の限界 (領域/括り)≫ である。