書庫: 龍のすみか 所収
≪可々地≫
<八角の磨盤 空裏に走る> と言われる。
禅は、行為的な直截性に比して、
その言辞的な説明は、いつもこんな調子である。
言葉にならない処を言葉に表わさんとして、
あるいは、活潑々地な <活祖意> を伝えんとして、
因果律で括られた相対言語をあえて離れて、
詩的言語とも言える <象徴言語> を用いる。
我々は、このような 「象徴的手法」 以外に、
自己表明し自己表現する術 (スベ) を持たないのだろうか。
此処では、未だ 「相対言語」 (それを指示し対象化し記号化する)
の壁 (限界) にぶち当たっている。
――― チョイト摘めば済むものを。
≪可々地≫
<八角の磨盤 空裏に走る> と言われる。
禅は、行為的な直截性に比して、
その言辞的な説明は、いつもこんな調子である。
言葉にならない処を言葉に表わさんとして、
あるいは、活潑々地な <活祖意> を伝えんとして、
因果律で括られた相対言語をあえて離れて、
詩的言語とも言える <象徴言語> を用いる。
我々は、このような 「象徴的手法」 以外に、
自己表明し自己表現する術 (スベ) を持たないのだろうか。
此処では、未だ 「相対言語」 (それを指示し対象化し記号化する)
の壁 (限界) にぶち当たっている。
――― チョイト摘めば済むものを。