≪場のふるまい匠 所収
≪自救不了≫
――― 他人 (ひと) に肩を貸すことは出来ても、
代わりに歩いてやることは出来ない。
歩くのは君だ、 <起ちて歩めよ>。
<親しき者は問わず、問う者は親しからず>
と言われる。
いまだ <意有らば、自救不了>
とも言われる。
「成るほど」 と思う半面、
「問わずしてどのように親しきを得るのか」 と、言う疑問と共に、
一向に <親しき者> の内実が明かされぬのはどうしたものかと、
多少のいら立ちを覚える。
しかし是ればかりは、
「他人の受け売り」 ではどうにもならない代物であり、
「他人に教わったもの」 や、故人の 「過去の御託宣」 では、
今此処の <ちから> にならないばかりか、
そもそも、それでは迂闊に過ぎて、
習うにせよ、思い出すにせよ、ページを紐解くにせよ、
およそ、
<自分一人さえ救い切れない> からに他ならない。
由って、此処では、
<親切が返って仇 (アダ) となる> と言われる。
≪自救不了≫
――― 他人 (ひと) に肩を貸すことは出来ても、
代わりに歩いてやることは出来ない。
歩くのは君だ、 <起ちて歩めよ>。
<親しき者は問わず、問う者は親しからず>
と言われる。
いまだ <意有らば、自救不了>
とも言われる。
「成るほど」 と思う半面、
「問わずしてどのように親しきを得るのか」 と、言う疑問と共に、
一向に <親しき者> の内実が明かされぬのはどうしたものかと、
多少のいら立ちを覚える。
しかし是ればかりは、
「他人の受け売り」 ではどうにもならない代物であり、
「他人に教わったもの」 や、故人の 「過去の御託宣」 では、
今此処の <ちから> にならないばかりか、
そもそも、それでは迂闊に過ぎて、
習うにせよ、思い出すにせよ、ページを紐解くにせよ、
およそ、
<自分一人さえ救い切れない> からに他ならない。
由って、此処では、
<親切が返って仇 (アダ) となる> と言われる。