≪場のふるまい就 所収
山登りのついでに今ひとつ ・・・
はるか遠くから見上げていた山並みも、
近く山頂に立てば、脚下に見下ろしている。
自分の立ち位置 (位相/座標) に依って、
その知覚と共に認識までも変化するのは、
特殊相対論的現場のアーキタイプだろうが、
自分の立ち位置次第で、前後・左右はおろか、
天地・上下の観念までもが <逆転> してしまうのは、
当たり前と言う以上に、驚異に等しい。
・・・ にも拘わらず、
一向に眩暈を起す事もなく、場の破綻も混乱も来たさずに、
平然と場の対称性が成立していることの有り難さ。
『無門関』 二十 「大力量人」
頌に曰く、
脚を擡 (もた) げて踏翻す香水海、
頭を低 (た) れて俯 (ふ) し視る四禅天。
一箇の渾身 著 (つ) くるに処無し、
請う、一句を続 (つ) げ。
頌 (うた) って言う、
脚をあげては海を蹴り、頭を下げては天を見る。
置場がないよこのからだ、最後の一句を付けてくれ。
(岩波文庫 西村恵信 訳)
――― 日輪 西天に没して 月子 東天に昇る。
未だ曾って 天の堕つる莫し。
山登りのついでに今ひとつ ・・・
はるか遠くから見上げていた山並みも、
近く山頂に立てば、脚下に見下ろしている。
自分の立ち位置 (位相/座標) に依って、
その知覚と共に認識までも変化するのは、
特殊相対論的現場のアーキタイプだろうが、
自分の立ち位置次第で、前後・左右はおろか、
天地・上下の観念までもが <逆転> してしまうのは、
当たり前と言う以上に、驚異に等しい。
・・・ にも拘わらず、
一向に眩暈を起す事もなく、場の破綻も混乱も来たさずに、
平然と場の対称性が成立していることの有り難さ。
『無門関』 二十 「大力量人」
頌に曰く、
脚を擡 (もた) げて踏翻す香水海、
頭を低 (た) れて俯 (ふ) し視る四禅天。
一箇の渾身 著 (つ) くるに処無し、
請う、一句を続 (つ) げ。
頌 (うた) って言う、
脚をあげては海を蹴り、頭を下げては天を見る。
置場がないよこのからだ、最後の一句を付けてくれ。
(岩波文庫 西村恵信 訳)
――― 日輪 西天に没して 月子 東天に昇る。
未だ曾って 天の堕つる莫し。