≪場のふるまい窟 所収
『自己救済の道』
≪ 人は、自らの運命を受け入れない限り、
運命を乗り越えることが出来ない ≫
人が、いまだ、
自らの運命を <なげき>
自らの運命を <のろい>
自らの運命を <きらう> かぎり、
(つまり、忌避し厭離するかぎり)
運命を乗り越えることが出来ないのです。
あなたがあなたであることを嫌い、
拒否しているかぎり、
あなたでは居られないように ・・・
此処では、「正受正応菩薩の因縁」 が語られる。
観世音にして観自在なる人の因縁である。
正見し正受し正応する者の ≪自己救済≫ であり、
≪済度 (到彼岸)≫ である。
人は、<正見に立つとも正受出来なければ、
正見し得ざるに同じ> と言われるように、
覿面に真実を <認知> (正見) しても、
これを 正知 (承知) し、 正認 (承認) しないかぎり、
つまり、<このような現実なるぞ> と、自らに引き受け、
<正受> (了解し納得) しないかぎり、
自らの運命が乗り越えられないと言うのである。
これを 『受記』 (受認) と呼び、
『正受』 (正しい認識/正思惟) としている。 *
* 別途、「自領分の了悟」 (自己救済/魂の救済) とも
『自己救済の道』
≪ 人は、自らの運命を受け入れない限り、
運命を乗り越えることが出来ない ≫
人が、いまだ、
自らの運命を <なげき>
自らの運命を <のろい>
自らの運命を <きらう> かぎり、
(つまり、忌避し厭離するかぎり)
運命を乗り越えることが出来ないのです。
あなたがあなたであることを嫌い、
拒否しているかぎり、
あなたでは居られないように ・・・
此処では、「正受正応菩薩の因縁」 が語られる。
観世音にして観自在なる人の因縁である。
正見し正受し正応する者の ≪自己救済≫ であり、
≪済度 (到彼岸)≫ である。
人は、<正見に立つとも正受出来なければ、
正見し得ざるに同じ> と言われるように、
覿面に真実を <認知> (正見) しても、
これを 正知 (承知) し、 正認 (承認) しないかぎり、
つまり、<このような現実なるぞ> と、自らに引き受け、
<正受> (了解し納得) しないかぎり、
自らの運命が乗り越えられないと言うのである。
これを 『受記』 (受認) と呼び、
『正受』 (正しい認識/正思惟) としている。 *
* 別途、「自領分の了悟」 (自己救済/魂の救済) とも