≪場のふるまい侠 所収
≪ 人間だけが、ものの良し悪し * を判断できる。≫
* 真偽・善悪・美醜や我他彼此を含む一切の分別
人の痛みを知らぬ内は、いまだ人ではない。
人は人の痛みを知って、始めて人となる。
冷暖を自知し、痛痒を見分ける者 (見聞覚知する者) として、
始めて、存在の自覚 (場の自覚) を得るのである。
――― 認知し、判断し、行為(実践)する者として
自明自証性と共に自律自戒性(自己制御)を含む
観自在な <自己主体性> (自発自転性) を発揮し始める。
それも、何の予断も前提もなく、
( 唯、如実に知真するだけで ・・・ )
ものの良し悪しを認知し、判断し、行為するのである。
しかも、各場ごとの主体的判断として、
他の誰に依存することもなく、
他の如何なるものに依拠することもなく、
各場ごとの <自由意思> を発揮するのである。
これが 「妙観察智」 (観世音) と呼ばれ、
「成所作智」 (観自在) とも呼ばれる 「場の叡智」 であり、
「人の智慧」 (人間の叡智) であり、
その 「良知良能性」 である。
≪ 人間だけが、ものの良し悪し * を判断できる。≫
* 真偽・善悪・美醜や我他彼此を含む一切の分別
人の痛みを知らぬ内は、いまだ人ではない。
人は人の痛みを知って、始めて人となる。
冷暖を自知し、痛痒を見分ける者 (見聞覚知する者) として、
始めて、存在の自覚 (場の自覚) を得るのである。
――― 認知し、判断し、行為(実践)する者として
自明自証性と共に自律自戒性(自己制御)を含む
観自在な <自己主体性> (自発自転性) を発揮し始める。
それも、何の予断も前提もなく、
( 唯、如実に知真するだけで ・・・ )
ものの良し悪しを認知し、判断し、行為するのである。
しかも、各場ごとの主体的判断として、
他の誰に依存することもなく、
他の如何なるものに依拠することもなく、
各場ごとの <自由意思> を発揮するのである。
これが 「妙観察智」 (観世音) と呼ばれ、
「成所作智」 (観自在) とも呼ばれる 「場の叡智」 であり、
「人の智慧」 (人間の叡智) であり、
その 「良知良能性」 である。