≪場のふるまい帰 所収
   


   「市井の瞑想」 (市中の瞑想) と言うものがある。

   何一つ特化 (set up) されることのない

   「生活者の禅」 (凡夫の禅) である。


   忙しくも騒がしい日常生活のなかにあって、

   何時何処に在っても、

   平然と成立し成就する 「市井の禅定」 であり、

   間断の無い 「不断の瞑想」 (那伽大定) である。


   禅が、いまだ出家の手の内である限り、

   「山門の禅」 (室内の禅) である。

   「無門の禅」 (市井の禅) では無い。


   無門の禅とは、日常の禅であり、

   生活者 (凡夫) の禅である。

   およそ旨みの無い、ヒエラルキーとは無縁の

   一味平等 (一切平等性智) の禅である。