≪何言うとんねん≫ 所収
≪絶対知≫
これは、知の二層構造論ではない。
また、覚的な二段階見性論でもない。
強いて言えば、
<本覚> と <始覚> との不二、
言うところの、
<真諦> と <俗諦> との相即 (無二/一如)
すなわち、
≪真仮不二≫ (相即/相応) を現している。
具体的に言えば、
あらゆる各場に渡る <場(CPT対称性)の自発的対称性の破れ>
すなわち、
<真空の自律的で自発的な対称性の破れ> を言うのであり、
言わば、
真空(大智/本覚/絶対知)の自明的で自律的で自発的な対称性の破れが、
不空とも言うべき始覚的な <意識> となって、
――― 即ち、<知> (分別知) となって出自するを言う。
このとき、「絶対知」は 周辺部に「後退」、もしくは「伏在」する。
あるいは、こうも言えようか、
このとき、「絶対知」は、背景輻射となって「遍在」すると。
また、これを <真空の相転移> (転法輪) と呼び、
自己内外に渡るドメインの 「変容」、もしくは「変移」(偏移) としている。
≪絶対知≫
これは、知の二層構造論ではない。
また、覚的な二段階見性論でもない。
強いて言えば、
<本覚> と <始覚> との不二、
言うところの、
<真諦> と <俗諦> との相即 (無二/一如)
すなわち、
≪真仮不二≫ (相即/相応) を現している。
具体的に言えば、
あらゆる各場に渡る <場(CPT対称性)の自発的対称性の破れ>
すなわち、
<真空の自律的で自発的な対称性の破れ> を言うのであり、
言わば、
真空(大智/本覚/絶対知)の自明的で自律的で自発的な対称性の破れが、
不空とも言うべき始覚的な <意識> となって、
――― 即ち、<知> (分別知) となって出自するを言う。
このとき、「絶対知」は 周辺部に「後退」、もしくは「伏在」する。
あるいは、こうも言えようか、
このとき、「絶対知」は、背景輻射となって「遍在」すると。
また、これを <真空の相転移> (転法輪) と呼び、
自己内外に渡るドメインの 「変容」、もしくは「変移」(偏移) としている。