≪何してんのん≫ 所収
   


   11月8日  <立冬>


    この道やゆく人なしに秋の暮れ    (芭蕉)



   
   ≪心なき身にも・・・≫


    心なき身にもあはれは知られけり

    鴫たつ沢の秋の夕暮     (西行)


    さびしさはその色としもなかりけり

    まき立つ山の秋の夕暮    (寂蓮)


    見わたせば花も紅葉もなかりけり

    浦のとまやの秋の夕暮    (定家)



   この三首が、世に言う 「三夕の歌」 であるが、

   西行の歌は、しばらくそばに置いて、

   ここでは、寂蓮と定家の歌について論じてみよう。


   
    さびしさはその色としもなかりけり

    まき立つ山の秋の夕暮     (寂蓮法師)


   
   寂蓮は、定家の父 「俊成」 に一度養子に入っているが、

   遅くに定家が生まれたために、三十過ぎに出家している。

   
   この歌も、どーってことのない平凡な叙景詩のようにみえるが、

   この「さびしさ」を 「寂滅の境」 と捉えれば、事情は一変する。

   つまり、

   「さびしさ」 (「寂滅」或は、「寂静」の境) は、

   どの色がそれ(どれ)と言うこともなく、

   「まき」 (槙・真木・常盤木) 立つ山の秋の夕暮れであることよ、

   と読めば、

   一瞬にして、<色即是空・空即是色> の 「三昧の句」 と読め、

   真木立つ山が、もはや単なる景観 (山水) ではなく、

   趙州の 「庭前の柏樹子」 となって現前化するのである。

  
   たしかに、寂蓮の人となりや、

   寂蓮の歌史の全体を考慮した上でのことではないが、

   少なくとも 、<その色としもなかりけり> の否定句が、

   西行の <あはれは知られけり> の肯定に一歩を譲るとしても、

   <色不異空> の三摩地から <空不異色> の「真木立つ山」にまで

   たどり着くことは、そう困難なことではない。