≪何言うてんねん≫ 所収
違順相争 違順相い争う
是為心病 是れを心病と為す
不識玄旨 玄旨を識らざれば
徒労念静 徒(いたず)らに念静に労す
円同太虚 円(まどか)なること太虚に同じ
無欠無餘 欠くること無く餘(あま)ること無し
( 『信心銘』 (二) 「違順」 参照 )
三祖、僧璨の作と言われる 『信心銘』 は、
禅宗 『四部録』 の内でも、特に私の“お気に入り”の一ツだ。
これほど格調高く単刀直入なものは、そう有るものではない。
言わば、これ以上 <手のつけられないもの> であり、
<手の施しようの無いもの> なのだ。
したがって、
ここに、更に何らかの蛇足を付け加えることは、
清冽な源泉に土足で踏み込むようなものであり、
返って、破法・破戒(謗法)の咎(とが)を招く。
ここは一つ、
黙って、汲めども尽きない <生命の水> を一気に飲み干し、
清新で活潑々地な <生命の息吹き> (活祖意/玄旨) を
現今即是に感得する外あるまい。
違順相争 違順相い争う
是為心病 是れを心病と為す
不識玄旨 玄旨を識らざれば
徒労念静 徒(いたず)らに念静に労す
円同太虚 円(まどか)なること太虚に同じ
無欠無餘 欠くること無く餘(あま)ること無し
( 『信心銘』 (二) 「違順」 参照 )
三祖、僧璨の作と言われる 『信心銘』 は、
禅宗 『四部録』 の内でも、特に私の“お気に入り”の一ツだ。
これほど格調高く単刀直入なものは、そう有るものではない。
言わば、これ以上 <手のつけられないもの> であり、
<手の施しようの無いもの> なのだ。
したがって、
ここに、更に何らかの蛇足を付け加えることは、
清冽な源泉に土足で踏み込むようなものであり、
返って、破法・破戒(謗法)の咎(とが)を招く。
ここは一つ、
黙って、汲めども尽きない <生命の水> を一気に飲み干し、
清新で活潑々地な <生命の息吹き> (活祖意/玄旨) を
現今即是に感得する外あるまい。