≪何言うとんねん≫ 所収
≪ 順観と逆観 ≫
広げれば天地一杯に広がり、
収めれば立錐の余地もない
と言われるとき、
・・・さて、
この <心法> (心のはたらき/心のふるまい) を
広げず、収めざれば、
即今、何処にか在る。
広げるを「順観」(外観/放行)と為し、
収めるを「逆観」(内観/把定)と呼ぶとき、
順逆する <意識> (心のはたらき)を用いざるとき、
如何なるか、即今の自己。
眼見ず、耳聞かざるとき、
――― 是れ又、何者ぞ。
≪ 順観と逆観 ≫
広げれば天地一杯に広がり、
収めれば立錐の余地もない
と言われるとき、
・・・さて、
この <心法> (心のはたらき/心のふるまい) を
広げず、収めざれば、
即今、何処にか在る。
広げるを「順観」(外観/放行)と為し、
収めるを「逆観」(内観/把定)と呼ぶとき、
順逆する <意識> (心のはたらき)を用いざるとき、
如何なるか、即今の自己。
眼見ず、耳聞かざるとき、
――― 是れ又、何者ぞ。