≪日々狂乱≫ 所収

   


   「まだ見ぬ友へ」 

   ――― 君よ、屈辱の河を渡れ


   
   あなたが、存在の底知れぬ漆黒の闇の前にたたずみ、

   こみ上げる強烈な胃酸とともに屈辱の嘔吐を飲み下すとき、

   そのシャイな半身の立ち居振舞いとはウラハラに、

   あなたの誠実で切実な何人にも換え難い苦渋の色がよみとれる。


   その存在様式が、 ( あなたの言う 「奴ら」 の ・ ・ ・ )

   そして、その余りにも無知で無防備なオプティミズムを前にして、

   <シニカルに笑うしかない> 諦念と悲哀をかこつとき、

   わたしも又、遠い異郷の地に在って、皮肉でも迎合でもない

   被在の時をすごしている。 


   
   いまだ未来にも開かれず、過去にも舞い戻れぬ

   圧倒的な現実の苛酷さを前に、

   ただ被在するしかない哀れな屈辱の 「虫けら」 として、

   あるいは、「裸形の存在」 として、

   そして何よりも、

   気まぐれな神の 「サイコロ遊び」 に付き合わされる

   偶然と言う名のナンセンスと、

   いかなる根拠も保証もない生存の様式とに於いて、

   足元から崩れ落ちる楼蘭王国の幻影を見ているのは

   ひとり私だけではないことを知っている。



   これがこれである前に、( そこに忽ち自同律の崩壊を見るにしても、 )

   何にもまして先行する血脈の産声があって然るべきだし、

   それこそ屈辱の河を渡り切った母なる大地の多大なる恩恵と

   歓喜とその尊厳を忘れてはなるまい。  ( 血と汗と涙と! )



   たとえ、それが神のサイコロ遊びの手の内だとしても、

   あるいは、<ゾットするような偶然> だとしても、

   そして又、

   それが <いつどこでも起こりうる> 事態だとしても、

   まぎれも無く、今此処に 「ときの声」 を挙げた一人の人として、

   一箇半箇の生も、疑うことも問うこともくつがえすことも

   できやしないのだから。


   ( 言わば、ゾットするような感動と歓喜と悲哀を伴なった

    「このようなもの」 として )



   問い (これナーニ?) を問い足らしめるところ、

   不信を不信足らしめるところにも、

   一連する 「ときの声」 を見てしまうのは、

   ひとり、わたしの傲慢か ・ ・ ・