≪日々狂乱≫ 所収
   


   このところ言葉が 「上滑り」 している。 

   わたしの中で「分別的意識」と言う「相対言語」が、

   止まらなくなっている(定着しない)のだ。  (流れ去る意識/言語)

   
   いわゆる 「言葉が流れ去り」

   明確な像(心象/脈絡)を結ばない状態が続いている。

   比較(相対的比量)にもとずく「分別理性」の脱落(ブレーク・ダウン)と言うのか、

   合理的で合目的な説明や分析(或は、弁明)が、

   内発する明確な意図(意思/志向性)を持たない限り定着することなく、

   あっけなく堕胎してしまうのだ。 

   
   「煮詰まっている」 のではない。

   むしろ、「煮詰まらない」 のだ。

   
   さらさらと流れるばかりで、一向に「発意」も「発振」もせず

   T対称性を保存したまま「相転移」(ブレーク・スルー)しないのだ。

   
   日常生活には別段支障ないのだが、このような合理的で合目的な

   「理屈」や「自己表明」(弁明/意義)が要求されるところでは、

   まったくと言ってよいほど、「パス」されてしまっている。


   ( 早い話、「書けなくなっている」だけのことなのだが・・・ )


   意味(意義)に重きを置けないと言うのだろうか、

   因果律的に推移し継続し展開する「意味的連関」(意義)に、

   或は、定律的な「定義付け」(意味)に、 

   ――― つまり、意味付け、意義付けることに、

   ほとんど興味(自己同一的意思)が持てなくなっているのだ。

   
   これが、病理学的に見てどのようなカテゴリーに分類されるのか知らないが、

   ――― しばらくの間、 「これって、ヤバイんじゃないの」 と、

   戸惑っていたのだが、

   いまでは、すっかり 「これで好いんだ」 と、

   妙に胸を撫で下ろしている。  ( ・・・ 返って、清々するよ )


   ――― 意義付け(あとづけ/帳尻合わせ)や名義付け(名目/分類)など

   実際(生活世界)に比べりゃ、「大した事じゃない」 ・・とね。