≪愛のフロント窟 所収

   

   展則彌綸法界、       広げれば天地に弥綸し、

   収則絲髪不立。       収めれば糸髪も立せず。

   歴歴孤明未曾欠少。    歴々孤明にして、未だ曾って欠少せず。

   眼不見、耳不聞、      眼見ず、耳聞かず、

   喚作什麼物。         喚んで什麼物(なにもの)と作さん。


                  
                      (『臨済録』示衆十四 参照)




   ≪「場の叡智」は、あらゆる各場を自己内外に渡って

    自己対称化(相対化/相称化)することはあっても、

    決して、自らが自己対称化されることはありません。≫


   
   
   ――― 今此処に在りて在る者 ( I am I . )

   他の如何なるものにも依らず、

   それ自らに依りて在る者。

   汝が名を、 『真実在』 (オントース・オン) と名付く。



   各箇、善く自知しつつ自覚し、自律しつつ自信する

   「個別的実存」で有りながら、

   同時に、一切時一切処に渡り、一切時一切処に止まる者。

   

   ――― この、常に今此処に在って、

   < 普遍に渡り普遍に止まる者 > こそ、

   『真実在』 と呼ぶに相応しい。