≪愛のフロント侠 所収
明頭来や 明頭打、
暗頭来や 暗頭打、
四方八面来や 旋風打、
虚空来や 連架打。
(『臨済録』勘弁七 参照) *
――― 何をどう上手く取り繕い、説明し解説しようとも、
蛇足に蛇足を重ね、饒舌に饒舌を累ねるだけで
足はもつれ、舌を噛むのが 「落ち」 である。
早い話、臨済師ほどには、単刀直入に語れやしまいし、
縦横無尽に動けやしまい。
――― その場その場の必要に応じて、
ある時は、順逆を用い、また、ある時には麤細(全体と部分)を説き、
また、ある時には主客を論じて隠顕自在に出入りするに到っては、
もはや、後を追うのももどかしく、
その痕跡(脈絡/因果)さえ残さないのであるから。
更に、普化禅師に到っては、
上述したように、取り付く島もないのであって
およそ、あらぬ言句(料簡)を差し挟みでもすれば、
ことごとく、裏切られるばかりか、打却され打ちのめされるのが落ちで
触らぬ神に祟り無しと言うか、その風狂を前に目を白黒させるのが
われらが「風前の灯」である。
* 同脚注に、「明頭」を差別(偏位)となし、
「暗頭」を平等(正位) となす、とある。
明頭来や 明頭打、
暗頭来や 暗頭打、
四方八面来や 旋風打、
虚空来や 連架打。
(『臨済録』勘弁七 参照) *
――― 何をどう上手く取り繕い、説明し解説しようとも、
蛇足に蛇足を重ね、饒舌に饒舌を累ねるだけで
足はもつれ、舌を噛むのが 「落ち」 である。
早い話、臨済師ほどには、単刀直入に語れやしまいし、
縦横無尽に動けやしまい。
――― その場その場の必要に応じて、
ある時は、順逆を用い、また、ある時には麤細(全体と部分)を説き、
また、ある時には主客を論じて隠顕自在に出入りするに到っては、
もはや、後を追うのももどかしく、
その痕跡(脈絡/因果)さえ残さないのであるから。
更に、普化禅師に到っては、
上述したように、取り付く島もないのであって
およそ、あらぬ言句(料簡)を差し挟みでもすれば、
ことごとく、裏切られるばかりか、打却され打ちのめされるのが落ちで
触らぬ神に祟り無しと言うか、その風狂を前に目を白黒させるのが
われらが「風前の灯」である。
* 同脚注に、「明頭」を差別(偏位)となし、
「暗頭」を平等(正位) となす、とある。