≪愛のフロント侠 所収



   投稿欄にうまく入力出来ないので、ここに返事します。


   的を得た指摘、ありがとうございます。> 時間の流れを超越したところで
   認識するということでしょうか。――― わたしにとって、「時間の流れ」と
   「認識(意識)の持続」とは、同じ意味で用いられています。
  
   したがって「認識を止めること」が、認識論的な「時空的展開」
   (あなたのおっしゃる「意識状態」) を止める(止まる)ことにつながっています。
   その意味では、「ありのまま」の現場とは、脱・認識論的な <自覚場> であり、
   <如是の実相を開示した現場> となって今此処に披瀝されています。
  
   このような先験的な「如実知見」(妙観察智/自明自証性)によって、
   始めて認識論的な二義的分別(認識/判断)が可能と見ています。