≪愛のフロント侠 所収



   ――― では、われわれはどのようにして「いまここ」を把握(自知)し、

   自己表現(自己実現)しているのだろうか。

   それは、「常に今此処に在って了々と自明なる自己」 (真人) と言われる

   『場の叡智』 (CPT対称性の成立した現場) に依ってである。


   此処に、局所的な重力平衡場(真空場)の量子効果(場のゆらぎ)に依る

   「真空の自発的対称性の破れ」が惹起され、「場(CPT対称性)の破れ」とも呼ばれる

   『真空の相転移』 (場の変容/当為の出自) へと推移(転法輪)するのである。


 
   これが、『臨済の第一句』 に示された

   < 三要印開して朱点側つ、未だ擬議を容れざるに主賓分る >

   の現象場(現象的事態の発端/相対化)であり、

   『佛家一大事の因縁』 とも 『開闢以来の因縁』 とも呼ばれる

   『場(事)の真相』 である。 


 
    ≪ 絶対(真空/平衡)場の自発的対称性の破れに依る

     相対的現象場(真空の相転移)の開示 ≫   (一乗法の世界)


       
       『愛のフロント』 3/16 付 「一乗法の世界(2)」より引用
        http://blogs.yahoo.co.jp/kyouoyaji/30181686.html



  

   『三要三玄論』 (3)

 
 
   ――― 長い引用となりましたが、

   此処では 『臨済録』 の根幹を為す 「第一句」 について、

   いま少し追ってみようと思います。


  
   < 三要印開して朱点側つ、未だ擬議を容れざるに主賓分る >


   おそらく、ここで問題となるのは「三要」の解釈でしょう。

   おさらいの意味で、今一度 「三つの重要なもの」 (大切なこと) について

   考えて見たいと思います。


 
   ・・・ と言っても、この 『三要』 は、「考えられたもの」 でもなければ、

   「おもいつき」 でもなく、今此処に在って了々と自明なる自己(真人) の

   自律的で自発的な対称性の破れに伴なう <愛と知恵と力> (三要) の

   自ずからなる出自 (印開) を言うのです。   (心の三要)


 
   わたしは、これを 『対称性(シンメトリー)の概念』 を借用 (盗用?) して

   『CPT対称性の破れ』 (場の破れ/三要の印開) としたのです。 *

  
   * この概念を用いると、或る意味、複雑多岐に渡る『場の論理』を
    説明し易いと考えたから。  ( この「盗っ人め」が !!)


 
   特に私の場合、「 CPT対称性の成立(一如)」を 『場の叡智』 と為し、

   「場の破れ」に伴なう 任意の「分節化」(分光化/場の偏光/偏向) を、

   それぞれの場(ドメイン)に従って、

   或る時は「P対称性」 ≪自明自証(照)性≫(知) の成立(成就)と為し、

   また或る時は、「C対称性」 ≪自律自戒性≫ (愛) の成立と為し、

   また或る時は、「T対称性」 ≪自発自転(展)性≫ (力) の成立と為して、

   『 場の機関(はたらき)』 (要関) としたのである。   (三要印開/賓主歴然)



   言うところの、「一即三・三即一」の主伴となって、

   自己対称化(相対化/現象化/当為化)しつつ、

   回互展開(自発自展/不回互)するのであるから。



   ――― いま少し続けます。