≪愛のフロント帰 所収



   通夜や葬儀でバタバタしているあいだに、

   いつの間にかこのブログも3月5日で一周年を迎えました。

   理屈っぽいブログに辛抱強く付き合って下さったみなさんに

   あきれると共に、心よりの感謝を申し上げます。



   ・・・ さて、

   こんにち、人の死に出会う事はそれほど珍しい事ではありません。

   私も、御多分に漏れず何人かの臨終を看取り、

   多くの人の死を見送ってきました。

   
   その度に思う事は、

   「彼らは何処に帰って行くのだろうか・・・」

   という事です。

   
   これで 「すべてお終い」 と言うなら、

   それはそれで一向にかまやしないのですが、

   先程まで呼吸していたものが、息を引き取った途端

   「これでお終い」 と言うのでは、

   残された方は何とも心残りと言うか

   吹っ切れぬ思いに取り残されるのです。

  
  
   <場の終焉> とは、いったいどのような事態を言うのでしょう。

   物(存在)自体に還元された場は、もはや息を吹き返すこともなく

   静かに遠ざかって行く様にも見えます。

   まるで何事も無かったように一つの場が消失し、

   一つの世界が静かに消えて行くのです。   (場の凍結)


  
   もしあなたが、一人の、と言うよりも一つの場(時空)だとしたら、

   そして、あなたが毎日見聞きしている現場(マイ・ワールド)が、

   他ならぬあなた自身だとしたら・・・

   あなたは、あなた自身の他に「他の場」を求めるでしょうか?

  
  
   「あなた自身」と「場」とが、唯一する不可分な現場だとしたら、

   あなたは、当面し覿面する現場を何よりも大事にし大切に

   することでしょう。   (自他不二/自覚即覚他)


  
   ――― そして最早、当場を厭うことなく、避けることなく

   当場から逃げ去ることもなく、一人当場に屹立するのです。

   「今此処」(世界) こそが 「私自身」 だと。


  
   そして・・・、
  
   自分自身である現場を、他にすりかえ、他に転嫁し、他に下駄を預け、

   他に頼り、他に期待し、他に求めることを 「止める」 のです。

   当場に飽きることも無く、決して退屈することも無く、

   一人、当面する事態に落ち着く事となるのです。


   今此処が、他ならぬ 「あなた自身」 なのですから。