平成18年10月9日(月) ≪なんでやねん≫ 所収
・・・ 団子ついでにもう一つ。
だんごを食っていて気付いたのだが、
団子が存在し現象する現場(娑婆)では、
ふたつのものが同時に 同じ場所(ひとつの場所)を
占有(共有)することができない。 (不可能)
にもかかわらず、
ひとつの団子に無数の団子粉(粉体)が、
「ひとかたまり」になって「一」(一個)を形成している。
つまり、ここでは二つ以上のもの(団子粉粒子)が、
ひとかたまりとなって、「一」(一個)を形成しているのである。
厳密に見れば、これら無数の団子粉粒子も 水(水分)を媒介に
たがいに近接し くっ付いているにしても、
だからと言って、ひとつの場所を「共有」している訳でもなければ、
「溶け合っている」訳でもない。 (個別的位相性)
何が言いたいのか、俺自身にもよく解らないのだが、
早い話が、これは 「意識」(思い) にも言えることであって、
ひとは、
≪ 一時(同時)に 二つ以上の「思い」を抱くことが出来ない ≫
と、気付いたのである。
これ以上、ごじゃごじゃ言うと、
せっかく美味そうに焼けた団子が、
のどに詰まりそうなので、あとはまたと言うことで・・・。
( ・・・ パクリ。 )
・・・ 団子ついでにもう一つ。
だんごを食っていて気付いたのだが、
団子が存在し現象する現場(娑婆)では、
ふたつのものが同時に 同じ場所(ひとつの場所)を
占有(共有)することができない。 (不可能)
にもかかわらず、
ひとつの団子に無数の団子粉(粉体)が、
「ひとかたまり」になって「一」(一個)を形成している。
つまり、ここでは二つ以上のもの(団子粉粒子)が、
ひとかたまりとなって、「一」(一個)を形成しているのである。
厳密に見れば、これら無数の団子粉粒子も 水(水分)を媒介に
たがいに近接し くっ付いているにしても、
だからと言って、ひとつの場所を「共有」している訳でもなければ、
「溶け合っている」訳でもない。 (個別的位相性)
何が言いたいのか、俺自身にもよく解らないのだが、
早い話が、これは 「意識」(思い) にも言えることであって、
ひとは、
≪ 一時(同時)に 二つ以上の「思い」を抱くことが出来ない ≫
と、気付いたのである。
これ以上、ごじゃごじゃ言うと、
せっかく美味そうに焼けた団子が、
のどに詰まりそうなので、あとはまたと言うことで・・・。
( ・・・ パクリ。 )