平成18年8月25日(金) ≪だるまさんが転んだ≫ 所収
≪ 一人は三脚の驢に跨(またが)り、一人は三角の虎に騎(の)る ≫
何故、わたしは第一句的 『定立』 (要諦/把定) を放棄し、第二句的 『定律』 (要関/放行)
へと出自展開しつつ、当の定律的運動(作用/行為)さえも否定して、
第三句的 『定位』 (時空的定位/位相性) にも停滞(持続/執着/止宿)しないのか。
即ち、定立的実相(実存)を否定し、定律的運動(法則/規則)を否定し、
のみならず、定位的位相性(時空的定位)までも否定して、
いったい、何を言わんとし、何をどうしようと言うのか。
≪ 法は文字を離る、因にも属せず縁にも在らざるが故に ≫ (釈尊)
如何なる定立(命題)にも立たず、如何なる定律(運動/法則)にも縛られず、
如何なる定位(時空/位相性)にも拘束されない者。
――― さて、是の自由にして自在なる 『三脚の驢子』 は、
一体、何処より来たり何処にか去る。
・・・ さてさて、即今「何処にか在る」。
≪ 一人は三脚の驢に跨(またが)り、一人は三角の虎に騎(の)る ≫
何故、わたしは第一句的 『定立』 (要諦/把定) を放棄し、第二句的 『定律』 (要関/放行)
へと出自展開しつつ、当の定律的運動(作用/行為)さえも否定して、
第三句的 『定位』 (時空的定位/位相性) にも停滞(持続/執着/止宿)しないのか。
即ち、定立的実相(実存)を否定し、定律的運動(法則/規則)を否定し、
のみならず、定位的位相性(時空的定位)までも否定して、
いったい、何を言わんとし、何をどうしようと言うのか。
≪ 法は文字を離る、因にも属せず縁にも在らざるが故に ≫ (釈尊)
如何なる定立(命題)にも立たず、如何なる定律(運動/法則)にも縛られず、
如何なる定位(時空/位相性)にも拘束されない者。
――― さて、是の自由にして自在なる 『三脚の驢子』 は、
一体、何処より来たり何処にか去る。
・・・ さてさて、即今「何処にか在る」。