〜消された漢字、遠ざけられた皇室の記憶〜

敗戦後、日本人から奪われたものは、領土や軍だけではありませんでした。

もっと深いところで、
日本人が自分たちの歴史を読み、
自分たちの国の成り立ちを知り、
皇室とは何かを自然に理解する力まで、静かに削られていきました。

昭和21年、当用漢字表が告示され、漢字は1850字に整理されます。
現代かなづかいが進み、旧字体は新字体へ置き換えられていきました。

國は国へ。
體は体へ。
學は学へ。
禮は礼へ。
氣は気へ。

表向きの理由は、読みやすくするため、書きやすくするため、教育を効率化するため。

けれど、文字はただの記号ではありません。

文字には、歴史があります。
祈りがあります。
日本人の精神があります。

神社の額に残る文字。
詔勅に刻まれた文体。
古典に流れる言葉。
そして、皇室を語る文章。

それらへ続く道が、少しずつ細くされていったのです。

旧字体が読めない。
歴史的仮名遣いが読めない。
戦前の本が読みにくい。
神話が遠い。
皇室の歩みも、祈りも、祭祀も、教科書の中では薄くなる。

これは、単なる国語改革では済まされない問題です。

皇室を知らなくなるとは、
単に知識が減ることではありません。
日本という国の中心を、実感としてつかめなくなるということです。

占領政策の悍ましさは、ここにあります。

軍を解体する。
制度を変える。
それだけではない。

言葉を変え、教育を変え、歴史への入口を変え、
日本人が日本を深く知る力そのものを弱めていく。

皇室を知る教育にまで手が及んでいた。
そう見るのは、決して不自然ではありません。

そして、この断絶は今も続いています。

いま皇室典範改正をめぐる議論を見ても、
国民だけではありません。
新聞の社説、テレビに出る有識者や学者、そして国会議員に至るまで、
女性天皇と女系天皇の違い、
世襲の意味、
皇統の重み、
宮中祭祀と皇室の歴史を十分に整理しないまま、言葉だけが飛び交っています。

「国民の総意」
「門地差別」
「男女平等」
「天皇陛下のお子さまなのに」

一見もっともらしい言葉が並びます。
しかし、その土台にあるはずの皇室への理解が薄い。

だから議論が噛み合わない。
だから世論が割れる。
だから感情論が先に立つ。

その根は、戦後に切られた歴史への道にあります。

消されたのは、漢字だけではない。
遠ざけられたのは、日本人が日本へ帰っていくための道だったのです。



 

 


国民の休日の名称も奪われたままだよな。





全ては特攻隊による


人が兵器になって次々に降り注ぐ攻撃で


トラウマを受けたアメリカ兵。









教育をぶっ壊し、


日本人の根幹を根こそぎ奪う事に


成功したと思っただろうなぁwww



ネットが発達するまでは。


鬼滅が出てくるまでは。




神風特攻隊とか保守しか知らん事も


パンピーは鬼滅を観て


日本人は人の為なら


何倍も力を発揮する事が出来る事を知る。





死んでも想いは消え失せねぇ。




目覚めあるのみ。