国民的アイドル『嵐』がグループ活動を終了した。この26年以上の時の中で、多くの人にとって日常の一部となったと言っても過言ではない。


人生の半分以上をアイドルという芸能人の仮面を付けて駆け抜けて…多くの夢と希望、幸せを届けてきた。東方神起も終わるとしたら、最後は5人で終わってほしいなんて思ってた矢先の、あるSNSでのコメントが、ちょっと…考えさせてもらった。


いくつかあるけど、まずはTVなどで視聴してる家庭のあるファンの言葉達の中に、旦那や家族に邪魔されて楽しみきれなかった。そこからは身内への罵倒の多くとそれに対して共感の数がそれなりにあった事に驚いた。


かなり多くの内容になりそうだからまずはここから…そうだね。邪魔されたらそりゃ怒る。当たり前のこと。しかしこれはカリギュラ効果、心理的リアクタンスによるもの、、押すなよ〜?からの押す!現象と考える。どんなラストを迎えるとしても、それを知らない興味ない人にとっては関係ないのだ。人間は身勝手であるのがデフォルトで備わってるから、こういう事が起きてしまうのはある意味自然な事なのかもしれない。


問題だと感じたのは、推しと家族は違うという前提があるにしても、家族を蔑ろにする言葉をSNSで愚痴りたくなる。ストレスを普段から抱えてる人達がそれなりに多くいる可能性があるという事なんだよ。


ママさん達は特に子育て途中なら尚更、推し活というのは心の栄養剤であり。その日のストレスをしっかり解消する為の手段であるという事。身近にいる旦那や子供達はまず、奥さんやママが如何にストレスを抱えまくってることを良く考えてほしい。


そして、ママさん達や奥さん達もまた、そばにいる人の日常や気づかないSOSにどれだけ気づくための会話とか感謝をしてるのか。そこを、改めて見つめ直す機会かもしれないと伝えたい。因果応報という言葉がまさに、その結果には必ず原因があると考える。


それはその時に起きたものなのか、それとも積み重ねで起きたものなのか。話したり、時にはしっかりお互いちゃんと言い合える時間が無いとより良くなっていく事はないわけだ。


俺自身は家族が本当に大切にしてるライブや何かをしてるなら邪魔はしたく無い。それと同時に、自分には見せてない顔をするから…どこか無意識に寂しく感じた事もあった。きっと邪魔してしまった人達は寂しかったのかもしれない。勿論、擁護するつもりは無い。ただ、寂しいっていう気持ちは人によっては小さいけど負の遺産として積もりやすいものと考えてる。だから、空気を読んで一緒に見るか別の事をして邪魔をしないようにするかが正解だと俺は思うな。


後、これは性格悪いと思ったのは子供に戻るオヤジは嫌だ…あのね?歳を取れば記憶も忘れていくわけだから精神的に逆行もするんだよ。男女関係なく老いて忘れたら老害になるんだよ。俺自身もそうはなりたく無いけど、何かをキッカケになったら本当に嫌だから忘れないように…メモやこうしてブログに書いて、自身への戒めとしても残してる。


バカにする為の愚痴は墓場でやってくれ。それに反応するのは同じ思いを抱えた人達だけ。その言葉にはあなたを労ってるようで、結局日に油を注いでるだけなんだよ。


推し活に限らずだけど、自分自身の為に動くのは集団生活なら自己中や身勝手と思われがち。だから貫くなら本気でキレてでも、その時傷ついてでも楽しみ尽くしてほしい。


後から振り返った時、邪魔されたけどしっかり言いたい事言って貫き通したわ。やるじゃん俺、私…となると経験上では伝えたい。


そして、邪魔しちゃった人は…この後の選択をしっかり考えてほしい。邪魔された人はずっと根に持つ人もいる。本気で嫌だった可能性がある事、深い傷をつけた可能性がある事もある事を覚えていてほしい。



次の内容は、お葬式とライブかな。



ともかく嵐ファンに俺から伝えれるのは、推し活本当にお疲れ様でした。改めて楽しかったですか?生きている限り色んな可能性はあるわけだから、次の楽しい事を見つけてくれたら幸いです。