• スフェン教の研究ー「片田舎のおっさん、剣聖になる」に於けるスフェン神に関する一考察

 来年一月にはアニメ化されて放映されるという、元は「ラノベ」こと「ライトノベル」である「片田舎のおっさん、剣聖になる」については、既に幾つも記事を為し、「スピンオフ小説」とも言えそうな(でも、時間線は別だぞ。)「小説」まで本ブログでは取り上げた。

 

 

 

 今回は、同作品の背景の一つで在り、上述の「スピンオフ小説」「片田舎の衛兵隊長、剣術師範になる」の「重要なキーワード」ともなった(と思う)「スフェン教」について、考察しよう。

 スフェン教は、原作の主人公「おっさん」こと「片田舎の剣聖」ベリル・ガーデナント氏が住んでいるレベリス王国の隣国・スフェンドヤードバニアでは国教となっている宗教で、レベリス王国首都のバルトレーンに相応の(*1)大きさの教会も構える、「結構な大宗教」である。

 あれやこれやを敢えて無視して、その宗教的・教義的側面だけに注目するならば、スフェン教とは、以下のような宗教であるらしい。

① スフェン神は、唯一神である。
② スフェン神は、元は人間の剣士であった。
③ スフェン神は、数多の神のみわざ=奇蹟(*2)を実践して見せた。
④ スフェン神の実践した最大の奇蹟が、死者蘇生である。
⑤ スフェン氏はスフェン神となり、今も唯一神として人々を導き、救っている。
⑥ スフェン教会は、スフェン神のみわざたる奇蹟を受け継ぎ、伝承し、少なくともスフェンドヤードバーニア国内では一手専売している。
⑦ 奇蹟を、「治癒魔術」とか「強化魔術」とか称するのは、忌むべき異教徒ないし異端である。


  さて、その上で、こんな疑問は抱かなかっただろうか。何を隠そう、私(ZERO)は抱いた。

  • 【疑問1】スフェン神が「唯一神にして元人間」とするならば、スフェン神は「創造主・造物主」ではあり得ない。そもそも、「人としてのスフェン神が生誕する以前は、”神無き世界"にならざるをえない。


 ウーン、「創造主・造物主ではない唯一神」ってのは、かなり無理がある、と言うか、無茶だろう。言語矛盾に近い。
 何故ならば、「創造主・造物主ではない唯一神」ってのは、「唯一神ではない創造主・造物主」が前提とならざるを得ない(*3)仮にそれを前提とするならば、「創造主・造物主ではあるが、神ではない」存在を前提としなければならない。
 
 時系列を追うと、こうなろう。

(1) この世は、「神ならぬ創造主・造物主」によって作られた。


(2) この世に後のスフェン神となる人(スフェン氏、かなぁ。)が生まれる。


(3) スフェン氏は剣士となり、数多の奇蹟を起こす。


(4) スフェン氏はスフェン神となり、この世界を統べる唯一神として人々を教え導いている ←今、ここ。

 こうやって時系列を整理して気づいたのだが、話の構造がキリスト教に似ているんだな。スフェン教って組織自体も、「カソリック・キリスト教」をモデルにしている様だし。
 キリスト教では創造主・造物主としての「父なる神」が居て、「神の子」としてイエス・キリストをこの世=地上に送り出す。後に人としてのイエス・キリストは処刑されてしまうが、神として蘇っている。序でにイエス・キリストを生んだ母・マリアまで「聖母」になっている(*4)。
 キリスト教、と一言で言っても新教プロテスタントと旧教カソリックに大別される(*5)他、数多の分派流派があり、中には「父なる神」と「イエス・キリスト」と「聖霊(*6)」とを一体不可分のモノと主張する「三位一体説」(*7)を唱える宗派もある、そうだ。

 左様に考えるならば、「唯一神にして元人間」と言うスフェン神の設定も、相応に「理屈が通る」可能性がある、訳だ。たぁだ、創造主・造物主たる、キリスト教で言う「父なる神」のカウンターパートの存在感が、随分と希薄ではある、が。
 「そんな奴、居る/居たのかぁ?」と疑問に思うぐらいに。

 あれかな、創造主・造物主たる「父なる神のカウンターパート」と言うべき存在は、スフェン教的世界観では「この世を創り出しただけで、去ってしまった」とか「消滅してしまった」とか、なのかな。その後の「創り出されはしたが、導くべき神の居ない"末法"の世」に、唯一の光明となったのが(未だ人間だった頃の)剣士・スフェン氏で、数多の奇蹟を実現して、とうとう入神というか昇神と言うか、「この世の唯一神」になった(*8)、とか、そう言う「話」なのかな。


 宗教的教義とか説話とかってのは、ある種の「ファンタジー」であるから、「何でもアリ」ではある。世間一般に「キリスト教の主神にして、唯一絶対神」として知られるイエス・キリストと、創造主にして造物主である「父なる神」と、その神のみ使い(*9)である聖霊とが、(実は)同一人物って「三位一体説=トリニティー」説が大手を振って罷り通ってしまうのだから「失われた創造主・造物主」ってのも、アリと言えば、アリだろう。

 であるならば、先述の「スフェン教的世界観」は、以下のように修正されよう。

(1) この世は、「神ならぬ創造主・造物主」によって作られた。
 その後、「神ならぬ創造主・造物主」は、人と世界を導くこと無く去ってしまわれた。


(2) 「神無き」この世に、後のスフェン神となる人(スフェン氏、としよう。)が生まれる。


(3) 人として成長したスフェン氏は剣士となり、数多の奇蹟を起こす。
 その奇跡の中で至高のモノが、死者蘇生である。


(4) スフェン氏はスフェン神となり、この世界を統べる唯一神として人々を教え導いている ←今、ここ。

 「こっちの世界」のキリスト教との最大の相違点は、上記(1)から(2)の間の「神無き世」だろう。仏教の末法思想に近いモノを感じるが、「この世界も人も作ってくれた創造主にして造物主が、今は居ない」って宗教は、一寸心当たりが無い・・・まあ、私(ZERO)は宗教研究家でも何教かの熱心な信者でも無く、敢えて言うならば仏教徒にして日本神道の徒(*10)であり、理系人間だが世界史選択者であり、世界史/歴史、分けても戦史については興味関心を抱いている「歴史マニア」ってだけだから、この「心当たりが無い」も、余りアテには出来ないが。

 ただ、斯様な「神無き世」をその前提とするスフェン教の成立背景ってのを考えると、相当に絶望的な、暗い時代背景しか、一寸思い浮かばない。「神に見放された時代」ってのは、「絶望的で暗い」としか、一寸考えようが無い。何らかの理由/環境でそんな絶望的&暗い状況に陥った集団から発生した宗教、と想定される。
 更には、そんなスフェン教が「国境として保護され、普及し布教されている(らしい)スフェンドヤードバーニア国」も、少なくとも過去には似たような絶望的&暗い状況に陥っていた(*11)、と考えるのは、「妥当な推論」と言えそうである。

 原作の小説によると、スフェンドヤードバーニア国はレベリス王国の北にあるそうだから、相当に寒いかも・・・と考えるのは「北半球的発想」だな。南半球では、北に行くほど暑くなる。第一、地軸が傾いているとも限らない(*12)・・・普通は「傾いている」ものではあろうが。

 また、そんな「神無き世」を「歴史的前提」とするスフェン教なればこそ、「神として存在し、人と世を導くスフェン神」ってのが大変重要であり、スフェン教会がスフェンドヤードバーニア国内では「独占」している治癒魔術(や強化魔術(*13))よりも、「教え導く神としてのスフェン神」こそが、重要・重大、「肝」なのであろう。

 なればこそ、「導いてくれる人は、もう二人居る!!」と断定・断言・宣言する、フィッセル・ハーベラーの前では、「スフェン教の霊験」も雲散霧消するしか無かった、訳だ。フィスちゃん、強い。

 まあ、その「導いてくれる二人」の片割れ、ルーシー・ダイヤモンド魔法師団長は、半分(以上?)神様みたいなモノだが。
 多分、不老不死だぞ。ルーシー師団長。

 以上の考察から、スフェン教の背景として、以下の諸点がある、と推察される。

<考察1> スフェン教は、「神無き世」と思わせるような絶望的な、暗い状況を背景として発生した宗教である、と推察される。
 コレは同時に、スフェン教を国教とするスフェンドヤードバーニア国の(少なくとも)歴史に、「絶望的な暗い状況」があったことを示唆する。

<考察2> スフェン教に於ける「救済」とは、「奇蹟(治癒魔術、強化魔術)」よりも、「死者の魂」を含む「人」を、「教え導く」事である、と推定される。「教え導く」事で、スフェン教発生以前の「神無き世」からの脱却を保証することが、スフェン教の「魅力」であり、「強い宗教的動機付け」となっている、と推定される。
 コレは、「国家や指導層にとって誠に好都合な宗教である」と同時に、「スフェン教会自身が、極めて政治色の強い集団」とならざるを得ない事を示唆している。


 「坊主に政治やらせると、ロクな事が無いんだよ!」by立川談志

 まあ、技術レベルも政治体制も「ヨーロッパ中世レベル」ってのは、ファンタジー世界の定番だから、無理ないかも知れないが。「政教分離」とか、「早過ぎる」だろう。
 

  • <注記>
  • (*1) 極秘裏に死体を集めて怪しげな儀式が出来てしまうほどの 
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  • (*2) スフェン教で「神のみわざ=奇蹟」とされるモノは、少なくともレベリス王国では「治癒魔術」「強化魔術」として理論化体系化され、研究・研鑽・訓練・伝授されている。 
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  • (*3) 或いは、「この世は自然発生的に何者にも依らずに誕生した」とか、「永遠なるモノはこの世で在り、それは不変である」と考えるか・・・どっちもかなりの無理がありそうだが。 
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  • (*4) が、マリアの夫である筈のヨセフは「聖父」になることも無く、「大工であった」事以外はほぼ忘れ去られている・・・
  •  ってぇか、「処女懐胎」ってのが本当ならば、下賤な話、「ヨセフはマリアとシていない」ってことで、ヨセフは不能者である疑いさえ、払拭し難い。 
  •  あ、「同性愛者」って手があるか。「ポリコレ」って奴かな(無論、皮肉)。 
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  • (*5) ばかりでなく、血で血を洗う様な宗教戦争を、何度も繰り返しているし・・・一部は今も続いている。 
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  • (*6) 聖母マリアに「神の子を宿した」事を告げた、そうだ。「唯のメッセンジャーじゃないか?」と、異教徒たる私(ZERO)は思ってしまうんだが。 
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  • (*7) かかる「三位一体説」や、それに準じた発想でもある「父なる神」というコンセプトが、「造物主・創造主ではないが神の子たるイエス・キリスト」を主神に据えての「唯一絶対神の宗教である、キリスト教」を、成立させている。
  •  先述の「言語矛盾に近い無理」を通している、訳である。 
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  • (*8) 普通に考えれば、「死んだ」のだろうが・・・仏教のブッダや、回教のマハディーとかが、似たような形で「人が神となった」事になっている、そうだ。 
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  • (*9) ではあろうが、やっぱり単なるメッセンジャー、だよなぁ。
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  • (*10) 日本人であるならば、意識/無意識に関わらず、「日本神道の徒」であることは、一寸免れようが無い、とは考えている。 
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  • (*11) 無論、「正に、絶望的&暗い時代であったからこそ、スフェン教が成立し、布教され、そのまま国教となった」可能性もあろう。
  •  即ち、「スフェンドヤードバーニアこそ、スフェン教発祥の地である」可能性が。 
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  • (*12) レベリス王国やスフェンドヤードバーニア国がある惑星の自転軸が公転面に鉛直である可能性も、無いではない。
  •  でも、その場合、「四季は存在しない」事になるな。「四季」という概念が無い、ないし相当に希薄であろうし、暦を発見/発明するまで相当にかかる、かも知れない。 
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  • (*13) それらは、先ず間違いなく巨大な利権を意味する。