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言論・表現・内心・思想信条の自由は、何処へやら。-各紙社説に見る「LGBT差別批判」の浅はかさ。
特定の差別に反対する、例えば「男女差別反対」とか、広義に「差別反対」と唱えるぐらいならば、まぁだ看過も出来よう。だが、更に進んで「差別撤廃」とか、「差別を無くせ」とか主張する輩を、私(ZERO)は「基本的に信用しない」ことにしている。況んや、「差別の無い社会を作ろう」なんて主張は、狂気の沙汰で無ければ、大間抜けか大嘘吐きか、或いはそれらを兼任しているか、だろうと、断言断定して憚るところはない、と思っている。
何故ならば、「差別を無くす」のも、「差別の無い社会を作る」のも、人が人であり続け、人としての自由意志を(ある程度)有している限り、「出来る訳が無い」と、確信しているから、だ。
故に、「差別を無くす」とか「差別の無い社会を作る」とか言う主張は、気違いか間抜けか嘘吐きか、或いはその幾つか(ないし全部)を兼任しない限り、出来る訳が無い。左様に確信し、ちょっとやそっとじゃ疑義の余地が無い。
「いや、そんなことは無い。自分は気違いでも間抜けでも嘘吐きでも無いが、”差別を無くせ!””差別の無い社会を作れ!”と、主張している。」という御仁に対しては(*1)、是非ともお尋ねしたい質問が、いくつかある。
【Q1】「その様な主張をする貴方自身には、差別はないんですか?」
【A1-1】「イヤ(実は)ある」と答える人には、未だ「更生の見込み」がありそうだ。だが、そんな人には、
【Q2A】「左様主張される貴方が、貴方自身の差別を無くせないのに、他人や社会の差別を、"無くそう"とか”無くせる”とか、何故思えるのですか?」
と、重ねて尋ねたいな。イヤ、回答が、実に楽しみ、なんだが。(*2)
【A1-2】「トンデモナイ!私には、差別なんか無い!!」と答える人には、別の質問がある。
【Q2B】「貴方は、”差別をする差別主義者”を、差別していませんか?」
この問いに対して、【A2B-1 】「無論、差別主義者と雖も、差別したりはしない。」と答えるならば、「差別しない」以上、「差別主義者を迫害も虐待も虐殺もせず、その身の安全も存在そのものも、保障する。」筈である。「差別が無い」という以上「A差別は認めないが、B差別は許容する」なんてことは、「無い」筈だ。従って、「差別主義者も、差別したりしない」と言うのは、「差別は無い」以上、当然の帰結ではある。
だが、そうなると、その言葉に嘘偽りが無いならば、「差別主義者も差別はされず、その身の安全は保障される」筈なのだから、「差別主義者による差別は、無くならない」し、「差別の無い社会には、ならない。」ことになる。
即ち、初っ端の「差別を無くせ!」「差別の無い社会を作ろう!」って主張は、単なる「かけ声」だけで、絶対に実現はしない。
斯様な状態の斯様な主張は、「嘘吐き」と言われても、仕方在るまい。
【A2B-2】「否、差別主義者は、根絶されるべきだ。」と答えるならば、コレはもう「論外」だろう。喩えその「根絶」が「ガス室に送り込んで虐殺する」のでは無く、「教育啓蒙により、”差別から解放する”」との主張だとしても、それが内心の自由、思想・信条の自由を、侵害どころか蹂躙している/するだろう事に、殆ど疑義の余地は、無い。
上記二つの中間ぐらいに、【A2B-3】「差別主義者を差別する訳ではないが、指導教育の対象と考える。」って「妥協案」がありそうだ。その「差別主義者に対する指導教育」が、「虐殺や迫害ではない」事を祈るばかりだが。「虐殺や迫害を伴わない差別」だって幾らもあろうから、「虐殺や迫害が無い」だけで、全然安心は出来ないぞ。
即ち、【A2B-3】「差別主義者を差別する訳ではないが、指導教育の対象と考える。」と答える人が、「実は、差別主義者を差別している。」可能性は、相当に高い、と思われる。
左様に考えるならば、「差別を無くす」とか「差別の無い社会を作る」なんてのは、簡単なことでは無く、徒や疎かに主張出来る、筈が無い。普通に考えれば「全国民を洗脳して思想統制する」ぐらいのことをしないと、そんなことは、実現しない。
「差別をする自由」とか言うと、猛反対猛反発する輩も多かろうが、内心の自由、思想・信条の自由を侵すこと無く「差別を無くす」就中「差別思考を無くす」なんて事が「出来る」とは、私(ZERO)には到底思えない。洗脳と思想統制無しに行えるのは、精々が「差別行動」や「差別言動」を「無くす」ぐらい、だ。
私(ZERO)自身について言うならば、私(ZERO)がバカやチョウセンジンを「差別している」のは隠れも無い(恐らくは、自他共に認める)事実であろうし、私(ZERO)の「バカ・チョウセンジン等差別思考」を、何人でアレ(*3)抑止・統制・禁止されるなんて、御免被る。その意味で、私(ZERO)は「差別をする自由」を主張して、我が内心の自由・思想信条の自由を、少なくとも「守ろうとする」ぞ。
言い替えるならば、私(ZERO)は、内心の自由・思想信条の自由を、(私(ZERO)の考えるところでは到底実現の目処がない。在ってはタマラナイ。)「差別のない社会」よりも遙かに重んじている。故に、「差別をする自由」と言うのを、敢えて公言している、のである。
であるならば、私(ZERO)が「差別に対して(或程度)寛容」なのは間違いない処だが、対して下掲する各紙社説に見る「LGBT差別に対する非寛容」は凄まじいモノがあるな。「多様性を重視しろ!」と言いつつ、「この非寛容(*4)は、ナンなのか」とすら、思わないらしい。
「思想信条の国家統制」なんてのは、報道機関としてもジャーナリズムとしても民主主義としても、「最も忌むべき敵(の一つ)」であろうに、下掲社説(特にアカ新聞社説)は「差別を無くせ!」「差別の無い社会を作れ!」の、大合唱と、来たモンだ。
だから、言うんだぜ。気違いか大間抜けか大嘘吐きか、それらの兼任だ、と。
①【朝日社説】側近の差別発言 「包摂社会」は口だけか
②【毎日社説】同性婚巡る差別発言 露呈した政権の人権感覚
③【東京社説】首相秘書官更迭 差別解消 法整備で示せ
④【沖縄タイムス社説】首相秘書官差別発言 人権感覚を疑う暴言だ
⑤【琉球新報社説】首相秘書官差別発言 人権感覚なき政権、退場を
⑩【産経社説】荒井秘書官更迭 緊張感の欠如が目に余る
- <注記>
- (*1) 「ああ、自覚がないんだな。」と確信しつつ。
- (*2) 「私は、私自身の差別を、無くそうと戦っている。だから、他人も社会も、同じように戦うべきだ!」って、ある種の「理想論」が、一つの「解」として考え得る。が・・・・「手前ぇの趣味を、他人に押しつけるンじゃぁねぇよ。」と、言いたくなるな。
- (*3) 我が国であろうとも、天皇陛下であろうとも。
- (*4) 「非寛容」というのは、その対象が何であっても、「多様性」とは相反する、筈である。「Aに対する非寛容」は、「多様性の一つである筈のAを、否定している」のだから。
(1)①【朝日社説】側近の差別発言 「包摂社会」は口だけか
側近の差別発言 「包摂社会」は口だけか
https://www.asahi.com/articles/DA3S15547594.html?iref=pc_rensai_long_16_article
2023年2月5日 5時00分
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写真・図版
報道各社からの取材を終えた岸田首相と話す荒井勝喜・首相秘書官(右)=2021年12月24日、首相官邸、上田幸一撮影
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岸田首相と日常的に行動を共にし、広報担当としてスポークスマン的な役割も担っている秘書官から、耳を疑う差別発言が飛び出した。
首相は就任当初から、「多様性のある包摂社会」を掲げながら、内実が伴わずにきた。即座に更迭を決めたとはいえ、それで不問に付される話ではない。政権の人権意識の欠如が厳しく問われねばならない。
問題の発言は一昨日夜、8人いる首相秘書官の一人で、経済産業省出身の荒井勝喜氏が、首相官邸で記者団に語った。性的少数者や同性婚をめぐり、「隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」「見るのも嫌だ」「認めたら国を捨てる人が出てくる」などと述べたとされる。
首相の側近といっていい、重い公的な立場にある者の、差別意識丸出しの放言に、驚きあきれるほかない。オフレコを前提とした取材で本音が漏れたのか。問題視したメディアの報道が始まると、「秘書官として個人的な意見を言うのは適切でなかった」と全面的に撤回したが、「差別的な意識は持っていない」との釈明を、到底信じるわけにはいかない。
首相はきのう朝、荒井氏の発言は「政権の方針と全く相いれない。言語道断だ」と述べ、早々に更迭を決めた。しかし、自身の先日の衆院予算委員会での答弁が伏線になったことを忘れてはならない。
野党議員から同性婚法制化への賛否を問われ、慎重な検討が必要な理由として「すべての国民にとって、家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と述べたことが、「社会はすでに変化している」「人権への配慮がない」などと、SNS上などで批判を浴びた。
荒井氏の発言は、この時の首相答弁をめぐる、やりとりの中で出た。実際に意見を聞いたわけではないと、後から弁明したが、「秘書官室もみんな反対する」とも述べたという。
朝日新聞の世論調査では、同性婚を「法律で認めるべきだ」は15年の41%から一昨年は65%となり、肯定的な意見が性別、年代、党派を超えて増えている。自治体が同性パートナーシップを公証する制度も広がっている。口では「多様性」が大事と言いながら、首相の周辺こそ、それに逆行する価値観が幅を利かせているのではないか。
首相は昨年夏の内閣改造で、性的少数者を差別したり、ジェンダー平等を否定したりする言動を繰り返していた杉田水脈(みお)衆院議員を、総務省の政務官に起用。昨年末に更迭せざるをえない状況に追い込まれるまで、かばい続けた。これでは、首相自身の人権感覚が疑われる。
1.①-1【朝日社説】首相とLGBT 差別解消 行動で示せ
https://www.asahi.com/articles/DA3S15551024.html?iref=pc_rensai_long_16_article
2023年2月9日 5時00分
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写真・図版
衆院予算委員会で、首相秘書官の差別発言問題を取り上げた立憲民主党の岡本章子氏(左)の質問に答える岸田首相=2023年2月8日、国会内、上田幸一撮影
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政権の人権意識が厳しく問われている時に、「多様性を認め合う包摂的な社会をめざす」と従来の主張を繰り返すだけでは、本気で差別解消に取り組む意志があるのか、疑われても仕方あるまい。具体的な行動を伴わねば、信頼は回復できないと、岸田首相は心すべきだ。
首相がきのう、衆院予算委員会の集中審議に出席し、秘書官の性的少数者や同性婚をめぐる差別発言について、「政権の方針と全く相いれない」として陳謝した。一方で、同性婚を認めれば「社会が変わってしまう」という自身の答弁は、すべての国民にかかわる問題なので、慎重な検討が必要だという趣旨であり、「ネガティブな発言」ではないと釈明した。
ただ、多くの人が、首相は後ろ向きと受け止めたのも無理はない。首相は、性的少数者らを差別する言動を繰り返していた杉田水脈(みお)衆院議員を総務省の政務官に起用し、批判を受けても、かばい続けたのだから。
首相が3年前、最初に自民党総裁選に挑んだ際に出版した「岸田ビジョン」には、LGBTも含め、多様な「個」に社会の中の居場所や役割があるとの記述がある。きのう、これを引用した自民党議員に対し、首相はニューヨークに住んだ小学生時代にマイノリティーだった経験が土台にあると語った。
ならば、掛け声だけでなく、制度や法整備に具体的に取り組むべきである。まず試金石となるのが、秘書官の更迭を機に、与野党の間で再浮上した「LGBT理解増進法案」の扱いだ。
2年前に超党派の議員連盟がまとめた際は、自民党内の一部に強い異論があり、国会提出には至らなかった。今回、自民党の茂木敏充幹事長が「提出に向けた準備」を表明。主要7カ国(G7)の中で、同性婚や同性間のパートナーシップ制度が国レベルでないのは日本だけであることから、5月に広島で開かれるG7サミットまでの成立を求める意見が、公明党や野党からあがっている。
昨年のドイツでのサミットでは、性自認や性的指向に関係なく、誰もが差別から保護されることへの「完全なコミットメント」を明記した声明が採択されている。しかし、今年の議長として法整備への決意を問われた首相は、議員立法であることを理由に、党の動きを「見守る」と繰り返した。
この法案は当時、自民党の賛同を得ようと、差別禁止には踏み込まず、理解増進のための施策の推進にとどめた経緯がある。この機会に改めて、差別解消規定を正面から議論する必要がある。党総裁として、首相が指導力を発揮すべき局面だ。
(2)②【毎日社説】同性婚巡る差別発言 露呈した政権の人権感覚
同性婚巡る差別発言 露呈した政権の人権感覚
https://mainichi.jp/articles/20230205/ddm/005/070/068000c
注目の連載
オピニオン
朝刊政治面
毎日新聞 2023/2/5 東京朝刊 833文字
記者団の取材対応を終え、首相官邸を出る岸田文雄首相(左)と荒井勝喜首相秘書官(右)=東京都千代田区で2023年2月3日午後6時16分、竹内幹撮影
「多様性を認め合う社会を目指す」との政権の姿勢は、口先だけだったと言われても仕方がない。
荒井勝喜首相秘書官が記者団の取材に対し、同性婚を巡って「見るのも嫌だ。隣に住んでいるのも、ちょっと嫌だ」と発言した。
さらに「認めたら、国を捨てる人が出てくる」「秘書官室もみんな反対する」とも述べた。
許されない差別発言だ。
人によって性的指向はさまざまであり、尊重されなければならない。同性カップルも家族になる権利を持っている。
にもかかわらず、社会に根強く残る偏見に苦しんでいる。そうした人たちを傷つけるものであり、人権感覚の欠如が甚だしい。
荒井氏は直後に「やや誤解を与えるような表現をした」と撤回し謝罪したが、それで済む問題ではない。岸田文雄首相が更迭したのは当然である。
ただ、そもそもの発端は、首相の国会答弁だ。
先週の衆院予算委員会で同性婚の法制化について問われ、「極めて慎重に検討すべき課題だ」と従来の見解を繰り返した上で、「社会が変わってしまう」と述べた。
国民の不安感をあおるような発言である。当事者への配慮も欠いている。
背景には、保守派を中心とした自民党内の根強い反対論がある。LGBTQなど性的少数者に対する国民の理解を深める法案も、たなざらしになっている。
人々の意識は変化している。各種世論調査では容認派が反対派を上回るケースが目立ち、若い世代ほど、その傾向は顕著だ。
司法の場でも、同性婚を認めない現行制度は憲法に違反しているとの判決が出ている。
ニュージーランドが10年前、同性婚を法制化した際、喝采を浴びた議会演説がある。法案を支持する議員が「愛し合う2人の結婚を認めるだけだ。世界は、そのままです」と呼びかけた。
日本は今年、主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国だ。他の6カ国は同性婚を認めたり準じた制度を設けたりしている。
多様性を掲げるなら、日本も法制化に乗り出すべきだ。あらゆる人の権利が尊重される社会にしなければならない。
1.②-1【毎日社説】LGBTQ差別と首相 深刻さ理解しているのか
https://mainichi.jp/articles/20230209/ddm/005/070/094000c
注目の連載
オピニオン
朝刊政治面
毎日新聞 2023/2/9 東京朝刊 English version 826文字
LGBTQなど性的少数者への差別は基本的人権の侵害であり、絶対に容認できない。岸田文雄首相は口先だけでなく、実際の行動によってそれを示さなければならない。
首相秘書官だった荒井勝喜氏が同性婚を巡って「見るのも嫌だ」などと差別発言をしたことについて、首相が衆院予算委員会で謝罪した。
発端は、同性婚を法制化すれば「社会が変わってしまう」と述べた首相自身の答弁だった。
首相は「ネガティブな意味で言ったわけではない」などと釈明したが、国民の家族観にかかわる問題だとの認識を示し続けている。
だが、各種世論調査では、同性婚について容認派が反対派を上回るケースが目立つ。首相の認識が社会の変化に追いついていないのではないか。
国際的に見ても、主要7カ国(G7)のうち、同性婚を認めるか、それに準じる制度がないのは日本だけだ。
差別発言を受け、与野党間では「LGBT理解増進法案」の成立に向けた機運が高まっている。2021年に超党派でまとめられたが、自民党内の調整がつかず、国会提出が見送られていた。
性的指向・性自認を理由とする差別を許さないことを明記しており、罰則や制度改正を伴わない、いわゆる理念法である。今国会で早期に成立させ、差別にくみしない姿勢を示すことが不可欠だ。
ただし、それは一歩に過ぎない。法の下で平等な扱いを受ける権利を保障する措置が必要だ。同性婚や選択的夫婦別姓の法制化を、同時並行で検討すべきだ。
自民党の保守派議員らには「個人の内心にかかわる」「社会を分断する」などと、反対意見が根強い。だが、差別の根絶や権利の保障は、内心の自由とは全く別の問題である。
首相は今後の対応を明言せず、「与野党の議論を見守る」とまるでひとごとのように繰り返すだけだ。「多様性を尊重する」と一般論を語るばかりでは、問題の深刻さを理解しているとは思えない。
LGBTQをはじめ、あらゆる人々の権利が守られる社会の実現に努める。それこそが首相の責務である。
(3)☆③【東京社説】首相秘書官更迭 差別解消 法整備で示せ
首相秘書官更迭 差別解消、法整備で示せ
https://www.tokyo-np.co.jp/article/229754?rct=editorial
2023年2月7日 08時05分
LGBTなど性的少数者や同性婚に対する差別発言で荒井勝喜(まさよし)首相秘書官が更迭された。岸田文雄首相は人事で幕引きを図ろうとしたのだろうが、問われているのは首相自身の人権意識だ。多様性を尊重するというなら、差別解消に向けた法整備にこそ指導力を発揮すべきではないか。
荒井氏は三日、同性婚の法制化に反対した上で「隣に住んでいたら嫌だ」「国を捨てる人、この国にはいたくないと言って反対する人は結構いる」などと記者団に語った。当事者を傷つける言語道断の発言で更迭は当然である。
荒井氏は首相演説や答弁の作成を担当していた。首相は国会で同性婚の法制化について「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」と答弁しており、答弁内容に荒井氏の差別意識が反映されたと疑われても仕方がない。
自治体レベルでは同性カップルを婚姻に相当する関係だと証明する「パートナーシップ制度」導入が進むが、国レベルの取り組みは遅れ、同性婚やパートナーシップ制度を整備していないのは先進七カ国(G7)で日本だけだ。
LGBTへの差別を禁じる法律もなく、経済協力開発機構(OECD)による二〇二〇年の報告では、LGBTに関する法制度の整備状況で、日本は三十五カ国中三十四位に沈む。
同性婚法制化で国を捨てる人の行く先はG7には存在しない。法制化で「社会が変わってしまう」との認識こそ変える必要がある。
超党派の議員連盟はLGBTに関する啓発を目的に「理解増進法案」をまとめたが、自民党の反対で国会提出は見送られた。
自民党は二一年秋の衆院選で公約した理解増進に向けた議員立法を、昨夏の参院選で公約から削除するなど、世界的な潮流からは完全に孤立している。
首相は施政方針演説で、社会的弱者を含む全ての人が生きがいを感じられる「多様性が尊重される社会」「包摂的な経済社会」を掲げながら、LGBTや同性婚に言及せず、その決意は疑わしい。
首相自身や政府・自民党が差別解消に後ろ向きな姿勢を変えない限り、丁寧に説明したところで意味がない。差別を認めないというのなら、法整備で示すべきだ。
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(4)☆④【沖縄タイムス社説】首相秘書官差別発言 人権感覚を疑う暴言だ
首相秘書官差別発言 人権感覚を疑う暴言だ
https://news.infoseek.co.jp/article/okinawatimes_994696202254041088/
沖縄タイムス+プラス / 2023年2月5日 5時0分
偏見と差別に基づく許しがたい暴言だ。政権中枢での発言であり、岸田文雄政権の人権意識が問われる。
岸田首相の秘書官である荒井勝喜氏が、性的少数者や同性婚の在り方を巡り「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」と述べた。
同性婚が導入された場合の影響について「社会のありようが変わってしまう。国を捨てる人、この国にいたくないと言って反対する人は結構いる」とも語った。
オフレコを前提とした非公式取材の発言という。後に再度取材に応じて謝罪、撤回したが許されるものではない。
首相は「政府の方針とは全く相いれない。言語道断だ」として秘書官を更迭した。
更迭で済む話ではない。
荒井氏は「秘書官室は全員反対で、私の身の周りも反対だ」とも発言した。
首相秘書官は内閣の政策立案や首相の対外発信を支える政権の要職だ。岸田首相の秘書官は8人で、荒井氏は首相のスピーチ作成を担っていた。差別を容認するような空気が秘書官室を覆っていたのではないか。
荒井氏の発言は元々、首相の答弁を受けたものだったという点も看過できない。
首相は衆院予算委員会で、同性婚の法制化に関して「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と発言していた。
しかし、社会の理解は進んでいる。同性カップルのパートナーシップ制度などを導入する自治体は昨年で全国に240ある。
首相は発言を糾弾するなら、自身と政権の認識も説明すべきだ。
■ ■
岸田政権では、性的少数者への偏見・差別発言が取り沙汰された議員の登用が相次いだ。
月刊誌への寄稿でLGBTカップルについて「生産性がない」と断じ、公金投入を疑問視した杉田水脈氏や、自民会合でLGBTについて「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」という趣旨の発言をした簗(やな)和生氏である。
杉田氏はほかにも差別発言を繰り返していたことが問題視され、事実上更迭された。一方の簗氏は、非公開の場での発言だったとしていまだに説明もなく文部科学副大臣の要職に居続けている。
こうした人々を登用してきた首相の人権感覚に疑問符が付く。首相は「持続可能で多様性を認め合う包摂的な社会を目指す」と繰り返すが、目的に合った登用とは思えない。
■ ■
公的な立場からの差別発言が、社会に与える影響は大きい。表に出なければ、偏見や差別を持ち続けてもいいという間違ったメッセージで社会を分断する危険性もある。
昨年閣議決定された自殺総合対策大綱では、性的少数者の自殺念慮の割合が高い背景に無理解や偏見などの社会的要因があるとして、関係省庁の取り組み推進が明記された。
しかし、問題は政権の中にこそあると言わざるを得ない。首相の任命責任が問われる。
(5)☆⑤【琉球新報社説】首相秘書官差別発言 人権感覚なき政権、退場を
首相補佐官差別発言 人権感覚なき政権、退場を
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1658299.html
2023年2月6日 05:00
社説
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首相秘書官の荒井勝喜氏が性的少数者に対する差別発言で更迭された問題は、一個人の暴言では済まない。岸田文雄首相をはじめ、政権内の人権意識が欠如しているとしか思えないからだ。
荒井氏の差別発言は、首相の国会答弁が発端だ。岸田政権ではこれまでにも人権意識の希薄な大臣、政務官が事実上更迭されてきた。繰り返される更迭劇は本質的な解決を先送りするだけだ。
解決できないのであれば、人権感覚なき政権は、政治の舞台から退場するしかない。
1日の衆院予算委員会で同性婚の法制化について問われた首相は「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と述べ、否定的な考えを示した。この答弁の真意を聞かれた荒井氏が「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」と性的少数者への暴言をはいた。
荒井氏は発言を撤回し「プライベートの意見」であると説明している。だが差別を助長する発言は思想・良心の自由、公私の区別とは全く関係がない。差別を否定するのが民主社会の在り方だからだ。
「首相がそういうことを考えているわけでもない」と荒井氏は言うが、1日の答弁や1月の施政方針演説を見てもその説明は納得しがたい。
施政方針演説で「多様性」に言及したのは「包摂的な経済社会づくり」の項目だ。そこで触れられているのは、労働力としての女性や障がい者、高齢者の多様な働き方を促進するという内容だ。
性的少数者に関して言えば、全国で255自治体が同性カップルを婚姻相当と認める制度を導入した。札幌地裁は2021年3月、同性婚を認めない現制度を違憲と断じている。政治的な課題として挙がる性的少数者の法的権利に関し、首相は施政方針で一言も触れていない。
更迭されたのは今回に限らず「法相の仕事は死刑執行のはんこを押す地味な役割」と繰り返し放言していた葉梨康弘前法相、LGBTカップルは「生産性がない」など一連の言動が問題視された杉田水脈前総務政務官がいる。
「(LGBTは)生物学上、種の保存に背く」と発言した簗(やな)和(かず)生(お)文部科学副大臣は、就任当初から政権の姿勢が問われたが、現在も現職のままだ。
人権への無理解、少数者差別が悲劇を招くことは歴史が証明する。障がい者や同性愛者を迫害したナチスドイツ、「朝鮮人暴動デマ」による関東大震災時の虐殺などだ。
歴史の反省を踏まえ、差別のない社会をつくるのが政治の役割である。差別を助長する言動は、民主社会の敵としか言いようがない。
首相は「任命責任を感じる」と述べている。責任は行動とともに「取る」あるいは「果たす」ものであり、感じるだけでは無意味だ。
首相は足元を見直し、先進国首脳にふさわしい人権感覚を持ち合わせているのか、行動で示してもらいたい。
(6)⑩【産経社説】荒井秘書官更迭 緊張感の欠如が目に余る
荒井秘書官更迭 緊張感の欠如が目に余る
https://www.sankei.com/article/20230205-EP4XBO2JENPVVFKYYSKY4TJ6II/
2023/2/5 05:00
コラム
主張
岸田文雄首相が荒井勝喜秘書官を更迭した。
荒井氏は同性婚について「隣に住んでいても嫌だ。見るのも嫌だ」などと述べ、制度導入なら「国を捨てる人、この国にはいたくないと言って反対する人は結構いる」と話していた。性的少数者を嫌悪する、明らかな差別発言である。
岸田首相は「多様性を尊重し、包括的な社会を実現していく内閣の考え方に全くそぐわない。言語道断の発言だ」と批判し「大変深刻に受け止めており、秘書官の職を解くという判断をした」と述べた。更迭は当然だろう。荒井氏は発言を撤回、謝罪したが、口をついて出た言葉は戻らない。
荒井氏の発言は、ただただ対立感情を深めるだけで、冷静な議論の妨げとしかならない。
岸田首相は参院本会議の代表質問で、同性婚制度について「わが国の家族の在り方の根幹に関わる問題であり、極めて慎重な検討を要するものだ」と答えた。
また衆院予算委員会では「国民にとって生き方や家族観、社会が変わっていく課題だ。社会全体の雰囲気にしっかりと思いをめぐらせた上で判断することが大事だ」と述べていた。
この認識は正しい。同性婚制度の問題は一朝一夕に結論が出るものではなく、慎重に議論を重ねることが重要である。
そもそも憲法第24条は、「婚姻は両性の合意のみに基づき成立する」と定めている。これは明らかに異性婚について定めたものと解釈するのが自然だ。
一方で、第14条は「すべて国民は、法の下に平等である」と定め、性別などによる差別を禁じている。この矛盾を解消するためには憲法改正を議論しなくてはならない。それほど重大な議論に、嫌悪感情に基づく差別発言など、挟む余地はない。
岸田政権では、「法相は死刑のはんこを押すときだけトップニュースになる地味な役職」などと発言した葉梨康弘前法相が更迭されたのをはじめ、政治資金や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係をめぐる問題で閣僚の辞任が相次いだ。
ロシアによるウクライナ侵略や防衛力整備、感染症対策など内外に課題は山積している。これら重要課題への注力を政権内部から足を引っ張る構図は、いかにも緊張感を欠き、見苦しい。
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(7)まとめ
上掲各紙社説を総覧すれば、上掲⑩【産経社説】が他のアカ新聞社説①~⑤とは異なり、「首相秘書官”差別”発言」自体よりも、左様な「"差別"発言により、国会運営の正常性を妨げた」事の方を問題視ししていることは明らかだ。が、産経新聞でさえ、当該首相秘書官発言を「問題視している」という事態には、呆れ返らざるを得ないな。
況んや、上掲①から⑤のアカ新聞各紙の「差別を無くせ!」「差別の無い社会を作れ!」なんて主張は、冒頭で述べた通り、気違いか大間抜けか大嘘吐きか、それらの兼任だ。