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気違いだな。-【琉球新報社説】宮森小米軍機墜落63年 米国の核戦略の犠牲だ
事、米軍とか、軍事とか、両者と密接な関係にある我が国の安全保障に関しては、沖縄二紙、分けても琉球新報は、「気違いだ」と、私(ZERO)はほぼ確信している。
で、そんな「確信」を更に強化してくれる社説を、琉球新報が掲げてくれている。題材は、63年前の米軍機墜落事故、だそうな。
(1)【琉球新報社説】宮森小米軍機墜落63年 米国の核戦略の犠牲だ
【琉球新報社説】宮森小米軍機墜落63年 米国の核戦略の犠牲だ
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1541287.html
2022年6月30日 05:00
社説
死者18人、重軽傷者210人を出した石川市(現うるま市)の宮森小学校米軍ジェット機墜落から63年を迎えた。
米軍は当時、事故について「石川の悲劇は何も目新しい要素があるわけではない」と事故を矮小(わいしょう)化し犠牲者を冒?(ぼうとく)している。宮森小の児童らは、当時の米核戦略の犠牲になったともいえるだろう。
施政権返還(日本復帰)から50年を迎えた現在も、米軍機の事故は減らず県民の命は今も危険にさらされている。日米地位協定によって米軍は日本の航空法が適用されない。沖縄の空の安全を実現するためには、不平等な地位協定を抜本的に改定し、国内法を適用させなければならない。
宮森小学校に墜落したF100は、嘉手納基地に配備されていた。同型機の事故が多発していたことは当時、知られていない。米空軍のまとめによると、事故の前年にF100の重大事故(クラスA)は168件、47人のパイロットが死亡している。
米軍は宮森小に墜落した原因を「エンジン故障による不可抗力の事故」と発表した。しかし、最大の原因は「整備ミス」だった。本来なら飛ばしてはいけないはずだ。事故後の賠償も不十分だった。
米軍は事故によって反米感情が広がり米国統治に悪影響を及ばさないよう注意を払った。石川・宮森630会が入手した米軍の内部文書によると、当時の米軍は「不慮の事故死は有史以来全く普通に起きている出来事」と事故を矮小化していた。
米国のアイゼンハワー政権下の1950年代半ばから沖縄に大量の核兵器が持ち込まれ、約1300発の核が置かれていた。非核三原則によって日本に核を持ち込めないが、サンフランシスコ講和条約によって日本から切り離された沖縄は可能だった。明らかに二重基準である。宮森小に墜落したF100は、水爆「マーク28」を搭載できる機種だった。
密かに核兵器が持ち込まれた沖縄で、住民は破滅と隣合わせの生活を強いられていた。宮森小に米軍機が墜落する直前の6月19日、那覇空軍基地(現那覇空港)に配備されていたナイキが核核弾を頭搭したまま誤って発射され、海に落下した。
墜落事故の知らせを聞いた沖縄教職員会の屋良朝苗会長(当時)は、事故現場の惨状を日記に残している。
「基地なればこそ起る事だ。哀れな沖縄、悲しい被害者等よ。余りにも残念。そして痛ましい。(中略)歴史上かつてない事が起きた六月三十日、今日の日忘れる事の出来ない不幸の日だ」(1959年6月30日付「屋良日記」)
県によると、日本復帰後、墜落や部品落下、不時着など米軍機による事故は826件(2020年12月末現在)発生している。米軍の駐留によって県民の暮らしと命が危険にさらされ、脅かされることは許されない。
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訳の判らん、言いがかり。
先ずは、63年前の事とは言え、宮森小米軍機墜落事故で亡くなった犠牲者のご冥福をお祈りしよう。
だが、事故の犠牲者の冥福を祈る事は、事故の当事者たる米軍を誹謗中傷して良い免罪符ではない。また、上掲琉球新報社説に在る米側の発言、
1> 「石川の悲劇は何も目新しい要素があるわけではない」
2> 「不慮の事故死は有史以来全く普通に起きている出来事」
等が、「事故犠牲者やその遺族に対する配慮に欠ける」発言とは言い得ても、少なくとも一面の事実・真理であり、「事故を矮小化」と言う上掲琉球新報社説の「評価」は、一方的に過ぎ、「イチャモン」に近い。
事実、上掲琉球新報社説内にも、
3> 宮森小学校に墜落したF100は、嘉手納基地に配備されていた。
4> 同型機の事故が多発していたことは当時、知られていない。
5> 米空軍のまとめによると、事故の前年にF100の重大事故(クラスA)は168件、47人のパイロットが死亡している。
と明記しており、「F-100戦闘機の重大事故が、当時多発していた」事を記載している。かかる表記は、「事故を矮小化」とは言わないらしいから、御都合主義のダブルスタンダードも、ここまでハッキリしていれば「大したモノ」と言えそうだ。無論、褒めている訳ではない。
墜落事故もその巻き込まれも、悲劇ではあろうが、「F-100戦闘機には核爆弾を搭載出来た」と言うだけで妄想爆発させて、「米国の核戦略の犠牲だぁぁぁぁ!」と断定・断言・公言・言明できてしまうのだから、凄まじい。新聞記者ってのは「事実を集め、検証し、事実に基づいて報道記事を書く」のが基本、だと思うのだが・・・そりゃ「社説」ならば、妄想と願望だけで「書けてしまう」のだろうが、この短絡思考と言うよりは直結思考。否、端的に言って「狂信的米軍差別」であり、「差別」よりも「狂信」の方が強い。本記事タイトルを、「気違いだな」としたのは、このためだ。
知らない様だから教えてやろう(ッてぇか、新聞記者なら、「調べる」「裏を取る」のも、仕事のウチだろうが。)。F-100を嚆矢とする米空軍の「F-百番台戦闘機」は「センチュリーシリーズ」と呼ばれる超音速ジェット戦闘機黎明期の機種であり、その大半が核兵器搭載能力を有していた。F-100スーパーセイバー、F-101ブードゥー、F-104スターファイター、F-105サンダーチーフには、核爆弾を搭載出来たし、F-106デルタダートには核弾頭ロケット弾(*1)「ジーニ」を搭載出来た。
F-103/107/108/109は欠番や計画のみや試作のみで量産・配備には至らなかったから、「核兵器搭載能力の無いセンチュリーシリーズ戦闘機」はF-102デルタダガー(*2)だけ、らしい。冷戦華やかなりし頃で、「戦闘機が核兵器搭載出来るのは、当たり前」な時代であったと言う事。上掲琉球新報社説にも在る「核弾頭付き地対空ミサイル ナイキN」も、そんな「時代の申し子」である。
であるならば・・・「核爆弾搭載のF-100戦闘機の沖縄配備」と「米国の核戦略」は、殆ど無関係であるし、当時は未だ米国統治下にあった沖縄に、「日本の非核三原則」が適用される訳も無い。「米国統治下」は、「日本統治下では無い」のだから、理の当然である。
寧ろ、その直後(1972年)に「核兵器抜きで日本復帰を実現した」事こそ多とすべきであろうに、「米国統治下で核兵器を持ち込まれた」恨みの方が、デカいらしい。尖閣諸島に「核心的利益」なる侵略宣言を出している中国の「統治下」に入ったら、人民解放軍は「核兵器を持ち込まない」とでも妄想している・・・イヤ、「人民解放軍の核兵器は、良い核兵器だ。」ぐらいに思っているのだろうぜ。
続くパラグラフ【9】~【10】は、当時の人の日記を引用しての「お涙頂戴」だが、端的に言って「個人の感想」でしかない。
で、〆のパラグラフ【11】は、
6> 県によると、日本復帰後、墜落や部品落下、不時着など米軍機による事故は826件(2020年12月現在)発生している。
7> 米軍の駐留によって県民の暮らしと命が危険にさらされ、脅かされることは許されない。
・・・気付く人は気付くだろう。上記6>にある「米軍機による事故826件」は、「日本復帰後半世紀間の合計」であり、且つ(「部品落下」を含めている事から、)「重大事故以外を含む件数」だ。一方上記5>の「F-100の事故168件」は「当時の直近1年間の、F-100戦闘機だけの重大事故の件数(*3)」である。
問題は、「F-100戦闘機一機種の1年間の重大事故件数」と「沖縄の日本復帰後半世紀の、軽微な事故含む事故件数」の数字を出して、「後者の数を大きく見せている」事では、無さそうだ。
問題は、「63年前の小学校へのF-100戦闘機墜落と言う重大事故」でも引っ張り出さないと非難しがたいほどに「米軍機による重大事故件数は減っている」現状を、「米軍の駐留によって沖縄県民の暮らしと命が危険にさらされ、脅かされている」とし、「許されない」と断定断罪してしまう、琉球新報の図々しさ、傲慢さ、だ。
どうもこう言う「被害者面の、可哀想ぶりっこ」ってのは「チョウセンジン臭い」のだがね。気のせいかな。
或いは、「左翼繋がり」って事かな。左翼の原点たる共産主義は、「反資本主義」であり、「傲岸不遜な資本家に搾取され虐げられた、可哀想な労働者」ってのが一つの「モデル」であるから、「被害者面大好き」って点で、チョウセンジン&「沖縄県民」に、相通じるモノがありそうだな。
- <注記>
- (*1) 無誘導。故に妨害不可能。勿論核弾頭であるから、威力は凄まじい。
- (*2) F-106デルタダートの「前身」。ほぼ米本土のみに配備された迎撃戦闘機。
- (*3) ま、沖縄配備だけで無く、米本土等配備のF-100全ての合計、ではあるが。