• 「丑」と呼ばれた兵器

 令和3年・皇紀弐千六百八拾壱年・西暦2021年、新年あけましておめでとう。

 毎年の事ながら、「新年一発目のブログ記事ぐらいは、何かおめでたい、縁起の良い話にしたい。」とは思う。そこで半ば苦し紛れに、縁起物である干支の動物(架空の存在含む)に因んだ名を付けられた兵器の話を書くのが、ほぼ通例となっている。

 で、その伝で言うと、今年の干支は「丑」で、ウシである。乳牛としても肉牛としても馴染みの深い家畜であり、牽引力があるので牛車として運送にも使われる草食動物。二つに割れた爪と頭部の角(大きさは結構幅がある)が外見的な特徴で、反芻する胃が内面的な特徴である。

 運送に使われることはあったモノの。「牛歩」というと「歩みが遅い」たとえであり、運送量は兎も角、運送速度としては相当に低い限界がある。ために、「牛車」は「優雅な乗り物」の域を出ず、馬車ほどの普及も見なかったし、戦闘に使われたって話も聞いたことがない。馬の引く「戦車」が、「騎兵とどっちが古いんだろう」ってぐらい古くから戦争に使われていたのに、だ。

 一方で、「暴れ牛」と言うと、「手の付けられないモノ」の例えとなるし、集団での暴走「スタンビートstampede」にもなると、災厄級に恐ろしいモノとなる。恐らくは、そこに着想を得たのが「火牛の計」で、「牛の角に火を付けた松明をくくりつけ、集団で敵に向かって突撃させる」って荒技だが・・・まあ端的に言って「架空の産物」で、「南総里見八犬伝」に登場するモノの、日本国内では「突進させて有効なだけの牛の数を揃える」さえ一苦労だ。「集団の牛の突進力」がそれだけ畏怖されていた、ってことだろう。ジョン・ウエイン主演映画「11人のカウボーイ Cowboys」には、その一端を示す「牛の暴走」シーンがある。

 一方、更に遡るならば、恐らくはウシは相応に立派な角を持つモノだから、「力の象徴」とされ、信仰や、逆に恐怖の対象となる。ギリシャ神話の牛頭人身(*1)の怪物ミノタウロスが登場するし、その歴史的背景は、古代ギリシャを支配した古代エーゲ文明の「聖なるウシ信仰(と、生け贄の儀式)」があったそうだ。


 他方、仏教の地獄では、ミノタウロスの親類みたいな牛頭と馬頭、牛頭人身と馬頭人身の獄卒らが、地獄に落とされた亡者共を管理している、そうである。(まあ、獄卒としては、「地獄の鬼」として描かれることも、多いようだが。)

 で、「力の象徴」であり、ミノタウロスなんて怪物の元ネタともなるぐらいのウシであるから、「兵器の名前としては格好」とも思えるのだが、これが、意外なくらいに、無い。英語で言うBull(雄牛)なんて、「ジョンブル」として「イギリス人の悪口(として登場したが、後に擬人化したイギリス国そのものの名となる。)に使われたり、「Red Bull」なるエナジードリンク(*2)の商品名にもなっているが、兵器の名となった覚えはない。

  • <注記>
  • (*1) 且つ、設定では「ウシと人のあいの子」って事になっている。神様の呪いでウシに欲情してしまった王妃が、雌牛の着ぐるみ(ではないだろうが、作り物の雌牛の外見)に入って、その思いを果たした結果産まれたのが、ミノタウロス、だそうな。世界史の授業で習ったし、文献で読んだ覚えもある。
  •  ウシと人の掛け合わせが、何故「生きた若い人間を喰う」様になったかは、「神様の呪い」ぐらいしか、説明出来なさそうだ。 
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  • (*2) って、横文字で書くともっともらしいが。早い話が砂糖水だ。 


 

  • 補給用潜水艦ミルヒ・クー(乳牛)

 辛うじてあるのが、一つは第2次大戦下、ドイツの潜水艦Uボート部隊に外地で給油するための潜水タンカーとも言うべき補給用潜水艦UボートⅩⅣ型。こいつの通称が「ミルヒ・クーMilchkuh」で、ドイツ語で「乳牛」の意。母国母港を遠く離れて「腹を空かした」Uボート部隊に「露命をつなぐ乳(燃料・食料・水)を飲ませてやる」と言う含意があるのだろう。

 全長67.1m、全幅6.5m。水上排水量1668t、水中排水量1932t。補給を任務とする分、必然的に大型化するとは言え、第2次大戦としてはかなりの大型潜水艦。そのためもあって、運動性に欠ける一面があったそうで、建造された10隻は大戦中に全て戦没。後継艦である補給潜水艦ⅩⅩ型やⅩⅨ型が建造される前に終戦に至ったと言うから、新年としてはちょいと「縁起の悪い」話かも知れない。

 とは言え、軍艦史上も他に類を見ないような「補給用潜水艦(*1)」として産まれ、配備され、運用され、全艦戦没の憂き目を見ながらも、後継艦も計画されたと言うことは、相応の有用性を実証したと言うことでもあろう。「以て瞑すべし」とするには不足かも知れないが、一クラスの「艦生」としては、悪くない方ではなかろうか。

 アドテクノスの「通商護衛戦Escort Fleet」では、「文字通りの生命線」を成していた・・・なぁんて話が通じる奴ぁ、滅多に居ないがな。

  • <注記>
  • (*1) 運ぶ荷物は異なるが、我が国の「まるゆ」が、辛うじて比肩しうるぐらいか。 

 

  • 北欧最強戦闘機 バッファロー(野牛)

 

 もう一つの「ウシと呼ばれた兵器」としては、第2次大戦直前の米海軍艦上戦闘機ブリュスターF2Aバッファロー(野牛)戦闘機がある。それまでまでの複葉艦上戦闘機グラマンF3F戦闘機の後掲として、単発単葉牽引式引き込み脚(だが、低翼ではなく中翼)と言う比較的近代的な形態で、試作試験ではライバルのグラマンF4Fワイルドキャットに勝って美事採用された・・・と言うのに、量産に手間取っている内にF4Fの方が量産されてしまって、大東亜戦争(太平洋戦争)勃発当時には米海軍艦上戦闘機の座をすっかりF4Fに奪われてしまっていた戦闘機。米海軍戦闘機としては殆ど目立つところがなく、むしろ輸出先の英軍機として我が軍と対峙し、その太短い胴体と、ぱっとしない速度性能&運動性能(まあ、比較する相手が我が軍の、開戦初期の零戦や隼、ではなぁ・・・)と相まって、「ビヤ樽」などと呼ばれたそうである。また、その引き込み脚も「引き込み脚第1世代」と言うこともあるが、リンク機構のような引き込み方も、中翼式を活かしたとは言え胴体に引き込む車輪も。どうも「泥臭い」。次の世代になるが、「脚注の円柱を斜めに切断し、90度回転させることで、タイヤを水平にしつつ主脚ごと主翼下面に納める」ってF6Fヘルキャットのシンプルさ(でも、これもあまり他に例がないんだよなぁ)とは比べようもない。

 「グラマン」が大東亜戦争中の我が国にとって「敵機」の代名詞となり、「ブリュスター」も「バッファロー」も、鹵獲戦闘機としてぐらいしか「認識がない」のも、故無いわけでは無い。
 
 それやこれやで、F2Aバッファロー戦闘機は、「米軍(米海軍)向けよりも、輸出のほうが数が多い」って「輸出専用」とは言わぬまでも「輸出重視」戦闘機となってしまった、のであるが、特筆大書すべきなのは、政治的理由で「鉄鋼材料」として輸出されたフィンランド、だろう。


  フィンランドは、隣国ソ連と国境紛争を抱えており、それが1939年の第2次大戦のさなかに第1次ソフィン戦争(通称・冬戦争)として火を噴いた。それ故に大東亜戦争勃発以前は「中立国」であった米国は「おおっぴらに兵器を輸出出来ない(*1)」ための「鉄鋼材料」扱いされたバッファロー戦闘機だが、その扱いのために装備は外されるわ、エンジンはデグレードされるわ(まあ、デグレードされてもエンジン付きの”鉄鋼材料”な訳だが。勿論、飛べるしな。)。おまけに44機しかないわの「ないない尽くし」だったのだが、当時既にソ連赤軍の大軍に侵略されていたフィンランド空軍はそれ以上の「ないない尽くし」だったものだから、この44機のバッファロー戦闘機は「干天の慈雨」とも言うべき貴重な存在だった。

 しかも、フィンランド人は「狩猟とが生活に密着していて、空戦の名手が多かった」とかで(*2)、雲霞のごとき大軍で襲来したソ連赤軍相手に大活躍。そうなるとフィンランド軍としてもこのバッファロー戦闘機を大事にし、頼りとすることひとかたならぬモノがあり、「タイバーンへルミ”空の真珠”」と呼ばれたり、エンジンがへたると鹵獲したソ連機からエンジンかっぱらって換装して戦線復帰させたり、ソフィン戦争中にソ連側に不時着したバッファロー戦闘機を、長距離侵攻陸上部隊を送り込んで回収させたりしている。挙げ句の果てには、独自に主翼を木製化したバッファロー戦闘機の国産まで試み、1944年に1機だけだがVL フム(”渦巻くモノ”って意味だそうな。)戦闘機として製造し、試験飛行にこぎ着けている。遅きに失した感は否めないが、フィンランド軍、フィンランド人の「バッファロー愛」が、判ろう。

 第1次ソフィン戦争(冬戦争)は、「雪中の奇跡」とも呼ばれるフィンランド軍の奮闘でソ連赤軍に大損害を強い、領土割譲こそ余儀なくされたモノの、独立は保持して休戦にこぎ着けることが出来た。「フィンランド軍の奮闘」の中には、祖国防衛で熟知した地形とスキー移動を駆使した包囲殲滅戦法「モッティ戦術」や、「ゴルゴ13のモデル」とも言われ「白い死に神」と呼ばれた伝説的狙撃兵シモ・ヘイヘ「公式狙撃確認数542」が含まれる。

 陸上部隊の奮戦も勿論あるが、なにしろ、Battle of Britain英国上空の戦いからも明らかな通り、「祖国上空の制空権を握っていなければ、祖国防衛は成り立たない。」のである。第1次ソフィン戦争・冬戦争当時、フィンランド上空の制空権をフィンランドが握り続けた功績の相当部分をバッファロー戦闘機が担っており、空戦名手のフィンランド軍パイロットと相まって、「北欧最強戦闘機」であった、と言っても過言ではなかろう。

 イギリス軍は、二線級の(で、良かろうと判断した)極東に配備したバッファロー戦闘機を「極東最強戦闘機」と称した。蓋を開けた後の大東亜戦争劈頭の実績からすると「極東最強戦闘機」は「自称」以外の何物でも無かったが(*3)、そのバッファロー戦闘機が、北欧では最強たり得た、と言う事実は、「人は石垣、人は城。」と言う武田信玄の教え(と、甲陽軍鑑にある、そうだ。)や、「如何なる堅艦快艇も、人の力によりてこそ。その精鋭を保ちつつ、強敵風波に当たり得れ。」との軍歌「艦船勤務」の「教え」の、「正しさ」を示すモノであろう。

 ああ、「ヤマトは、機械だ。動かすのは、人間なんだ。人間がどうあるかで、成功、不成功が、決まる。」って、沖田十三艦長の教えの正しさ、もな。

 

  • <注記>
  • (*1) と、言いつつ・・・既に第2次大戦の渦中にあったイギリスに対しては陰に陽に「支援」を供給していたのだが。 
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  • (*2) 「狩猟が上手い」と「空戦が上手い」かという点には、いくらも疑義があるが、視力の良さとか、空戦機動の駆け引きとか言う点が、空戦と狩猟の「相通じるモノ」としてある、らしい。 
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  • (*3) 「井の中の蛙、大海を知らず。」と言うよりは、根本的なところは人種差別だろうな。
  •  「有色人種に、まともな戦闘機など、作れる訳がない。」と言う、先入観。「思い込み」って怖いねぇ。以て他山の石としよう。  


 

  • HMSマイノーター(牛頭人身の怪物)

 とまあ、「ウシに因んだ兵器」としては、補給潜水艦ミルヒ・クーとF2Aバッファロー戦闘機で「ほぼネタ切れ」となってしまった、訳だが、先述の牛頭人身の怪物ミノタウロスの英語読みMinotaurマイノーターまで「延翼」すると、この名を冠した軍艦は伝統(とそれ以上に艦艇の数)を誇るRoyal Navyイギリス海軍には幾つもあって、初代と二代目はは帆船時代の戦列艦(いずれも三等戦列艦)。三代目は装甲艦だが、ネームシップとなったのは四代目の装甲巡洋艦ぐらい、らしい。


 装甲巡洋艦マイノーター級は、20世紀初頭の第1次大戦以前の艦。竣工が1908から1909年と言うから日露戦争後の完成で、全長158.19m、全幅22.71m。基準排水量14600tで最大速力23kt。主砲は50口径23.4センチ連装砲塔×2基を中心線上艦首・艦尾に備え、副砲と言うより中間砲である50口径19.1センチ単装砲×10基を5基ずつ両舷に並べる。ウイキペディアの図と写真では一寸判りにくいが、7.6cm単装速射砲×16門は、両舷艦体に砲郭(ケースメート)配置なのだろう。

 細身の4本煙突は、恐らくこの頃の軍艦機関が(まだ)石炭を燃料としていたから。4本という煙突の数の多さが、最大速力23kt共々「装甲」ながら「巡洋艦」たる証だ。3隻が建造され、内一隻がユトランド沖海戦で戦没している、と言う。

 全体的には、日露戦争時の連合艦隊旗艦・三笠を「装甲巡洋艦化した」印象で、主砲を長砲身小口径(45口径30センチ→50口径23.4センチ)中間砲を強化する(16センチ砲→19.1センチ砲)と共に三笠の砲郭式から単装砲塔式に改め、機関を(多分)強化。それでいて排水量は大差ないから、その分装甲は薄くして居るって感じである。ああ全長/全幅比(L/D)も大きくして、細長くしてあるかな。

 時代的に言えば、ドレッドノート級戦艦の就役が1906年で数年だが先行している。中間砲を廃止して主砲を30センチ砲連装5基と従来戦艦の2倍以上とした、文字通りに画期的なドレッドノート級の砲配置に比べると随分と「古い思想」にも思えるが、そこは「砲戦による艦隊決戦」を目指した戦艦と、偵察、連絡、警備などの種々の任務に対応する「装甲」巡洋艦の違い、なのだろう。

 HMS Minotaurマイノーターの名は、この後第2次大戦頃の軽巡洋艦の名前、となりそうになったが、タウン級軽巡洋艦は進水式で「ニューカッスル」になってしまい(マイノーターでは都市名にならないから、かも知れない。例外はいくらかあるんだが)、スイフトシェア級軽巡洋艦は一番艦にしてネームシップとなりそうだったところ、その1番艦が完成と同時にカナダ海軍所属となって「オンタリオ」に改称されてしまった、そうな。

 伝統と数の多さを誇った英国海軍も、今や昔日の栄光(*1)は遠いから、HMS Minotaurマイノーターの名が、復活ないし復刻する可能性は、低い、だろうなぁ。

  • <注記>
  • (*1) 何しろ、「二国標準主義」と称して、「世界第2位の海軍と世界第3位の海軍を同時に敵に回しても勝てる世界第1位の海軍を保有する。」って基本方針を、かつては標榜していたのだから。 



本年が皆様にとって、我が国にとって、良い年でありますように。