高田裕三・作 Captainアリス 全10巻
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持論がある。否、正確には「あった」。即ち「自衛隊を舞台とする以上、その話はホームドラマ化するか、荒唐無稽化するか、いずれかである。」と言う「持論」。
何しろ我が自衛隊は「戦力なき軍隊」なんて別称(蔑称?)があるくらい、実戦経験はほとんど皆無(*1)かつ実戦を経験する可能性も(当時は)皆無と思われた軍隊。この自衛隊を舞台とする以上は(別に舞台は自衛隊でなくても良い)「ホームドラマ」になるか、あり得ないような事態を盛り込んだ「荒唐無稽」になるか、しかなかろう、と思われた。
「思われた」。過去形である。史村翔・原作 新谷かおる・作画の「ファントム無頼」が、航空自衛隊を舞台にして、ものの見事にこの「持論」を粉砕してくれた。即ち「ホームドラマ化」と「荒唐無稽化」を同時に実現することによって。第3次大戦の勃発を防いだり、爆装したままのファントムⅡが正面からの機銃一連射でF-15×3機を同時撃墜したり、ヒロイン・太田基地司令の娘・鷹子のお見合いに気合いが抜けて殉職しかけたり(*2)を連発されては、「ホームドラマ化と荒唐無稽化の同時実現」としか言いようがない。それ即ち、私(ZERO)の「持論」が「誤りであった」証左である。
自衛隊を舞台にしてさえそうだ。民間航空会社を舞台にしては、普通は「ホームドラマ化」するだろう。ずいぶん前に放映された(らしい(*3))「スチュワーデス物語」なんてのはその典型・・・と言うより、こちらはハナから「民間航空会社を舞台にしたホームドラマ」か。
尤も、ここでも新谷かおる氏は異彩を放っており、民間不定期貨物航空会社を舞台に「荒唐無稽化」した作品「ALICE 12」を描いている。
今回ご紹介する「Captain アリス」も、「アリス」つながりではなかろうが、やはり民間航空会社を舞台に」「荒唐無稽化」した作品である。

表紙を飾る主人公・長谷川アリスは、父・ジャック門邦のとんでもない英才スパルタ教育を受けた、天才的と言うよりは超人的パイロット。尤も1巻の初登場では現・民間航空会社の規定に従って、機種免許は(父の英才教育の賜で)は腐るほど持っていても副機長・コパイロット。機長になるには後10年ほども副機長を続けなければならない。操縦の腕には絶対的絶大な自信があるのに・・・って所から話は始まる。
事故機・トラブル機をある程度の確率で予見できる能力を持つ「超能力少年」を契機に、その事故・トラブルを未然に防止し、被害を局限するため、腕っこきのパイロット、客室乗務員、整備員で結成された「秘密組織」チーム・ガーディアン(守護神)。「単なる定期航路の副操縦士」に飽きたらぬ主人公・長谷川アリスが、チーム・ガーディアンにスカウトされ、事故やトラブルが起こると予見された機体(*4)に搭乗し、事故やトラブルを克服しながら、過去のしがらみや「偉大なる父」の呪縛を乗り越えて行く、「成長物語」がこのマンガ「Captainアリス」の、少なくとも一面である・・・の・だ・が・・・
アリスちゃんにとって、事故機・トラブル機を高確率で操縦できるチーム・ガーディアンは、まさに天職。小学生低学年から(無理矢理)操縦輪を握らされたスパルタ英才教育のためか、「危機や困難を克服することに、やりがい/生き甲斐を感じる」なんてレベルではなく、「緊急事態・非常事態が死ぬほど楽しい」と言う、ある種「性格異常者」であるアリスちゃん、「心底楽しい」非常事態には、その表情が一変し・・・

・・・と、カーチスPー40が裸足で逃げ出しそうなシャークティース面(*5)に変貌する。ここまで表情が変わるヒロインというのも珍しかろう。以前紹介した「シェイファー・ハウンド」 http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/38951233.htmlのヒロイン・カヤ・クロイツ曹長もかないそうにない。
まあ、父の教え「人間は、リラックスした状態でこそ、最善の能力を発揮できる。」を実践しているだけ、なのだがね。いや、「あり得ない(Impossible)事態を克服できるのは、あり得ない(Impossible)パイロットだけだ。」の方か。
いずれにせよ、この性格と度胸と腕で、霧に閉ざされた滑走路の霧をジェット噴流で吹き飛ばすなんてのは朝飯前、中学生ハイジャッカーと対峙するわ、ロシア空軍最新鋭ステルス機に喧嘩を売るわ、軽荷状態とはいえ旅客機で空対空ミサイルを避けるわ、アリス機長、八面六臂の大活躍を見せる。
最終話「太平洋の蜂」では、米海軍の極秘実験のあおりで撃墜された標的機(*6)の破片を食らったジャンボ機は、コクピットガラスを破損し、油圧は下がってゼロになり(*7)、アンテナを失って外部との交信は絶たれ、燃料漏れで陸上の空港へは行き着けず、尾翼は××して、エンジンは○○した状態で、夜間・洋上着水を敢行する羽目に陥る。
アリステア・マクリーン作「女王陛下のユリシーズ号」にある英国軽巡洋艦ユリシーズ「最後の突撃」に勝るとも劣らない(*8)ジャンボジェット機で。
「こんな幸せな事、無い」という状態で。
ほとんど唯一気に入らないのは・・・主人公・ヒロイン・長谷川アリスの「ロストヴァージン」である。いや、確かに「結果オーライ」と言えば結果オーライ。それも、これ以上好都合な結果オーライは無さそうなぐらいの結果オーライ(*9)である。アリスちゃん(*10)の「男を見る目」も確かなものがある。だが、アレでは殆ど「酔った勢い」ではないか。
男児にとっての「童貞切り」より、遙かに意味・意義があろう(と想像する)「ロストヴァージン」が、それでは「立つ瀬が無かろう」。ジャック門邦に代わって、成敗してくれようぞ。
<注釈>
(*1) 大東亜戦争終結 後も継続された沿岸掃海が、最大の実戦経験だろう(*2) ああ、「息子が9人に娘が6人」は、荒唐無稽か。(*3) TV放映だろうが、再放送だろうが、DVDだろうが、ネットだろうが、見たことないし、見る気もしない。(*4) 航空会社では、ship(艦船)と呼ぶことを、このマンガで初めて知った。私(ZERO)はずいぶん前から、殆ど生まれながらの”航空ファン”であったのだから、如何に”軍用機ファン”であったか、ってことだな。人間、一生勉強だねぇ。(*5) このとき、アリス機長、死を覚悟している、筈なんだがね。(*6) ファイアビー標的機は、そりゃトランスポンだは積んでいなかろうが、ステルス機ではない。(*7) ってことは、ジャンボ機の場合、基本的な操舵は出来ない、と言うこと。(*8) 確か・・・レーダーマストは氷の重みでへし折れ、舷側は魚雷誘爆に切り裂かれ、2番主砲塔は撃墜したドイツ爆撃機の残骸の下。3番主砲塔砲員は爆風で全滅。1番主砲塔に唯一残された星弾(照明弾)をつるべ撃ちに撃ちながら、40ノット以上の全速力で、ドイツ・ヒッパー級重巡へ向けて、体当たり攻撃を敢行する。戦闘旗を開いて、な。(泣)(*9) どんな「結果オーライ」かは、読んでのお楽しみ。それも、シリーズ最後まで通読されることを、オススメする。(*10) あえて、「ちゃん」づけ