偏見、ステレオタイプ、決めつけ、或いは「パラダイム」って奴は、用心すべきだ。それは「偏見反対!」と言うような、ある種理想論から来る「形而学上の禁忌」と言うばかりでなく、思考停止の一因であり、誤判断の元だから。「有色人種には、優れた航空機なんか出来ない。」と言う偏見が、真珠湾攻撃の奇襲効果を高めたのは、「偏見で損をした」史実の一例だ。即ち、偏見・ステレオタイプ・決めつけ・パラダイムは、「いけない事」と言うばかりでなく、「当人にとって損な事」でもある。また、ある種の思考的怠惰でもあろう。
だが、そこは神ならぬ身の人の悲しさ。「偏見を避けよう」としても、完全に回避出来るとは、思い込まぬ可きだろう。斯くいう私(Zero)もまた然り。
それ故に、過去幾つもの記事で取り上げたWSJ紙記事から演繹的に導かれた「公式」、即ち
WSJ紙 + 日本人女性記者 = ロクでもない記事
なんてのは、偏見・ステレオタイプ・決めつけ・パラダイムと、少なくとも「疑ってかかる」様に心がけている、んだが・・・
【WSJ】米銃規制派が全世帯銃保有条例を違憲と提訴―過熱する銃論議
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324474704578498392183363894.html?mod=WSJJP_business_EditorsPicks_4
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肥田美佐子
. 米上院本会議で、銃購入者の経歴チェック強化を盛り込んだ銃規制強化法案が否決され、オバマ大統領が「恥ずべき日」と嘆いた4月17日から1カ月余り――。
上院は民主党が過半数を制するだけに、「まさか」の否決だった。昨年12月にコネティカット州の小学校で多くの小さな命を奪った銃乱射事件を受け、世論調査では、銃購入者の経歴チェック強化に賛成する米国民が9割に達したと報じられていたため、可決を信じて疑わない人も多かった。
オバマ大統領が「銃規制への努力は続ける」と宣言する中、銃を持つ権利を最大限に保証すべきだと唱える擁護派と、経歴チェックの強化や殺傷能力の高い銃器の禁止を訴える規制派は、今も水面下で熾烈(しれつ)な闘いを繰り広げている。
5月16日、米国で最も有力な銃規制団体「銃による暴力を防ぐためのブレイディセンター」は、南部ジョージア州のネルソン町を相手取り、全世帯の銃所持を義務付ける条例(4月1日、町議会で可決)は違憲だとする訴えをジョージア州北地区連邦地裁に起こした。
ブレイディセンターのウェブサイトによると、合衆国憲法修正第2条は米国民が武器を保有する権利を定めているものの、それは、銃が家族の安全を守る最善策だと当人が確信することが条件だ。実際のところ、米国人の大半は、銃なしに家族を守るという選択をしている。よって、条例は、ネルソンの住人から、銃を持たないという「自由」を奪うものだというのが、同センターの言い分だ。
町議会が米メディアに語ったところでは、条例は、銃所持の権利をあらためて確認する象徴的な意味合いを持つものにすぎない。罰則規定もなく、銃を持つ権利に反対する人たちなどは条例に従う必要はないという。
だが、ブレイディセンターは、不必要な銃を買わせることは、銃売買の増加や業界の収益増につながるだけでなく、家族がけがをしたり命を落としたりする危険性を高めると考え、訴訟に踏み切ったらしい。実際、米国では、銃で遊んでいた子どもが誤って幼い兄弟姉妹を撃ち殺すなどの事故が絶えない。
対する擁護派の急先鋒である全米ライフル協会(NRA)は、昨年12月にコネティカット州の小学校で多くの小さな命を奪った銃乱射事件後も強気を崩さない。「銃が人を殺すのではない。犯罪者や精神障害者など、『人』が人を殺すのだ」というのが、NRAの主張である。銃規制に断固反対する一方で、米国のメンタルヘルスシステムが破たんしていると批判。精神疾患者の治療や管理の強化を声高に訴える。
米CBSニュースによれば、今月3-5日にテキサスで開かれたNRAの年次総会で、ウェイン・ラピエール最高経営責任者(CEO)は、ボストンマラソンでのテロ事件に触れ、「2週間前、銃を持っていたらと願ったボストンの住人が何人いたことだろう。生きるか死ぬかの問題をじっくり考えた米国人が何人いたことだろう」と聴衆に問いかけ、銃がテロリストを阻止すると説いた。
また、併設のエキスポでは、ピンク色の拳銃やライフル銃が販売されていた。
ニューヨークを舞台にした米人気テレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の主人公キャリー(Carrie)の名前と、「銃の隠し持ち」を意味する「コンシールド・キャリー(Concealed Carry)」をひっかけたコピーまで登場。ブースには、銃を隠し持つためのピンクやブルーのハンドバッグが所狭しと展示された。かつては多くの州で禁止されていた人目に触れない形で銃を携行できる「隠し持ち」は、今やイリノイ州と首都ワシントンを除き、全米のほぼすべての州で認められている。
米国には3億丁を超える銃が出回っているが、銃保有率は下がっており、特に男性の保有率低下が目立つ。そのため、女性など、新規ユーザーの開拓に力を入れ始めたという事情もありそうだ。
NRAは、規制強化を求める世論や若者の銃離れに危機感を抱いているのか、12人のロビイストを駆使し、今年1-3月の第1四半期には、前年同期比より10万ドル多い約80万ドル(約8200万円)をロビー活動に費やしたと、米シンクタンク「国民の声にこたえる政治のためのセンター」は分析する。
同センターによると、最近、ロビイストを初めて雇ったという擁護団体、全米銃所有権協会(NAGR)は、その上を行く。NAGRは、昨年の大統領選で共和党候補指名争いに臨んだロン・ポール下院議員などと関係が深いとも報じられるが、今年第1四半期に180万ドルをロビー活動に投じている。NRAを100万ドルも上回る力の入れようだ。NAGRに言わせると、NRAは「弱腰すぎる」という。
こ うした擁護団体のすさまじいロビー攻勢や業界の圧力に屈する議員も少なくない。上院での採決では、中西部モンタナ州のマックス・ボーカス議員など、銃フレンドリーの文化が色濃い州の民主党議員4人が反対に回った。
ウォール・ストリート・ジャーナル(4月23日付) よると、その後、ボーカス議員(71)は、来年11月の中間選挙には出馬しないと表明したが、モンタナ州には、住民10万人につき銃関連企業が120社ある(米国の政府関連情報専門ウェブサイト「サンライント・ファンデーション」調べ)。全米で最も銃業界が経済的パワーを握っている州だけに、選挙を抜きにしても、業界の影響力は避けがたい。
モンタナだけではない。サンライント・ファンデーションによれば、今年に入って、連邦政府によるいかなる銃規制も州レベルでは無効だと宣言する法案や修正第2条保護決議などを採択した州は36州以上に上る。また、第113連邦議会(2013年1月3日-15年1月3日)の議員の51%が、NRAから政治献金を受けたことがあるという。上院議員も、100人のうち半数が献金を受け取った経験がある。
もちろん、業界や擁護団体の権勢をものともせず、自らの信念を貫く議員もいる。
米紙ワシントン・ポスト(5月12日付電子版)によると、昨年6月、ウィスコンシン州のスコット・ウォーカー知事(共和党)がリコール請求を受け、実施された選挙で対立候補だった同州ミルウォーキー市長のトム・バレット氏(民主党)も、その一人だ。リコールは、ウォーカー知事が公務員の団体交渉権制限法を導入したことに対するものだったが、バレット氏は、ニューヨークのブル-ムバーグ市長が率いる「違法な銃に反対する市長連合」の共同創立者として、銃購入者の経歴チェック強化などを訴えていた。
選挙では、擁護団体複数が80万ドル以上をウォーカー知事に献金。資金面で大きく水を開けられたバレット氏は、あえなく敗れた。
NRAは、銃規制に賛成すれば選挙で落選させると警告しており、こうした選挙戦での見せしめは、他の政治家を震え上がらせる。銃業界に絡め取られたワシントンが、「恥ずべき日」の汚名を返上する日は遠そうだ。
献金やロビイ活動は、擁護団体の「仕業」だろう。だが、選挙は、違おうが。
さて、如何だろうか…否、「WSJ紙 + 日本人女性記者」且つ「米国銃規制関連記事」としては、相変わらずと言うべきか…以前にも槍玉にあげた肥田美佐子記者では、仕方が無いと言えば、仕方が無いが。
以前に取り上げたWSJ紙の米国銃規制記事に比べて、論点を「銃規制法案の可否」に絞り、明確化した点は評価出来よう。「圧力団体、ロビイ活動、献金」をキーワードに、「信念に基づく銃規制派議員」と「献金や圧力に屈して銃規制に反対する議員」を対比し、「悪役」圧力団体として毎度おなじみNRA全米ライフル協会の他に全米銃所有権協会(NAGR)を「新たな悪役」に配しての「勧善懲悪」記事。構成としては、美事なもの、と言って良かろう。
Reeeeeeeeally??!
上記の通り論点を「銃規制法案の可否」に単純化することで、米国が銃社会たる背景の武装権(*1)を「田舎町条例の背景」に矮小化させているし、銃規制が「合法の銃から規制する」するものでしかなく、「非合法の銃は最終的には規制されないだろう」と言う点を相変わらず無視しているが、それを別にして(*2)も、
① 今年に入って、連邦政府によるいかなる銃規制も州レベルでは無効だと宣言する州は36州以上に上る。(全米は50州)
と上掲記事にもあるから、「銃規制の連邦法成立」は、「当面殆ど無効である」と言う事だ。
第一、圧力団体がいくら献金し、ロビイ活動しようとも、選挙結果を左右するの、酷い不正が無い限り、民意であろう。
それを単純明快な勧善懲悪劇に仕立てては、「ロクでもない記事」と評する他ない。
つまり、冒頭の「公式」は再確認されてしまう。困った事だ。
<注釈>
(*1) 及び革命権
(*2) 即ち、完全に肥田美佐子記者の土俵に乗ったとしても。